Hakuto-日記

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再会。なのに一人の夜 【北海道バイクツーリングの思い出4】

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(ネガをアプリで反転)

 

バイクで走っているときは問題にならないが、止まると問題になることはなんでしょう。 

 

答えは足の短さ。

 

XT250Tはシート高が高くてというのが言い訳。またがると両足のつま先をちょこんとつけるのが精一杯。

 

これを見て「アヒルが背伸びしているみたい」と笑われたこともある。

 

自分でも本当にそうだと思う。

 

今日は北海道3日目、少しバイクにも慣れてきた。

 

北海道3日目

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(朱鞠内湖展望台、ネガをアプリで反転)

 

昨夜は温泉に入り、ビールを飲んだら眠くなって7時頃に眠ってしまった。2時間後に起き出してこの日の記録をつけ、あらためて10時頃に寝た。蚊がぶんぶん飛び回っていて気になる。


午前2時、テントの外が騒がしくて目がさめる。その後うだうだしていていたが、眠れないので3時にシュラフから出る。4時10分、キャンプ地を後にオホーツクの海岸に向かう。


海岸に出て朝食。ここで1時間休憩したと記録にはあるが、何を食べたのかは覚えていない。昨日から痛み出した脇腹が今日も痛い。

 

6時10分、中頓別駅*でトイレ休憩。ここで顔を洗う。1時間ほど走り、疲れたので音威子府駅*で仮眠をとる。8時10分に出発し、美深のガソリンスダンとに入る。するとここで北海道の地図とスポーツドリンクをくれた。そしてそれをくれた女の子がとても可愛くてラッキーだった。

 

*中頓別駅、音威子府駅は今は廃線となっている天北線の駅。以下ウキペディア。

天北線(てんぽくせん)は、日本国有鉄道(国鉄)、および北海道旅客鉄道(JR北海道)が運営していた鉄道路線(地方交通線)である。北海道中川郡音威子府村の音威子府駅で宗谷本線から分岐し、枝幸郡中頓別町・同郡浜頓別町・宗谷郡猿払村を経て稚内市の南稚内駅で再び宗谷本線に接続した。

 

美深から右折して20分ほど走ると舗装路からダートに変わった。ここは本格的なダートでカーブが多い。しかもあちこちで工事をやっている。そして轍が深い。深いというよりも道路の中心から三角になって両端に傾いている。

 

分かれ道の手前で停止した時だ。もともとシート高があって両足のつま先がやっと着くくらいだったのだが、このときはいくら足を伸ばしても地面に届かない。

 

こうして立ちゴケなるものをやってしまった。

 

問題はここからだ。バイクは当然路肩に向かって倒れている。つまりバイクの上が下向きになっている。さらに悪いことには道は砂利道。テコの原理で起こそうとしたが、ズルズルと滑ってしまう。

 

悪戦苦闘してバイクをどうにか起こす。もうヘトヘトだ。

 

10時に朱鞠内湖に着く。朱鞠内湖は「幻の魚」といわれている、イトウ(のちに『釣りキチ三平』に登場する)が棲むという人造湖。この地域は昭和53年2月17日にマイナス41.2度を記録した場所で、これが国内の一番寒い記録。ただし、気象庁の公式記録とはなっていないそうだ。

 

展望台には急坂をバイクで登らなければならないのでちょっと躊躇した。上って湖を見下ろすと水嵩がすごく減っていた。日照りが続いていたようだ。

 

展望台にはライダーと自転車乗りが来ていて6人と出会った。バイクは三河ナンバーと葛飾ナンバー、そして道内の人たちだった。

 

今朝は冷え込んだのでカッパまで着込んで走って来た。それが美深峠あたりで暑くなりカッパを脱いだ。そして、ここ朱鞠内湖ではかんかん照りとなる。

 

水の減った湖を眺めながらここでしばらく休むことにした。

  

ここでパンで昼食をとり、12時半、朱鞠内湖を出発する。予定を変更して幌加内を通り旭川へ向かう。

 

幌加内まで走ると少し疲れたので、炎天下の下で休憩する。沼牛の少し手前から左折すると峠道になる。すばらしいワインディングロードだ。元気が出る。峠の途中に眺めのいい展望台があり、ここでナナハンのお兄さんと少し話をする。とても感じのいい人だった。

 

ここからは下りのワインディングロードになる。ただ、トンボがたくさん飛んでいて、バシバシとゴーグルやトレーナーにぶち当たる。あまり気持ちのいいものではないが仕方がない。

 

旭川でフェリーで知り合った人に再会

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(1984年旭川の夜、ネガをアプリで反転)

 

3時10分、旭川に到着。今日はフェリーの中で知り合った山本さんの学生寮へ行く。彼から「ぜひ泊まって行きなよ」と言われていたからだ。

 

手土産を買い5時半頃寮に着く。ところが、山本さんは「泊まっていってかまわないが、今夜は友達と約束があって」という。


「旭川は生寿司が美味しいので是非食べて行って」というので、一人で食べに行くことにした。山本さんは、

「東京で寿司を食べたらエビがカニみたいに赤いのでびっくりした」と言っていたが、自分は逆に赤いエビしか見たことがなかったので是非とも食べて見たいと思ったのだ。

 

一人で旭川の街まで歩いて行き、生寿司を食べビールを飲んだ。合わせて1400円と安かった。帰りは贅沢にもタクシーに乗って寮まで帰る。山本氏はまだ帰っておらず先に寝た。彼は帰りが遅かったようだ。

 

恩義を忘れていてごめん

ここまで自分で書いておいて当時が非常に懐かしい。山本さんとはその後連絡を取らずじまい。申し訳ないことをしたと思う。今頃どうしているだろうか。教師なって教え子たちに慕われているだろうか。

 

翌朝の出来事は次回に書くつもりだが、こうしたこと、つまり知り合ったばかりで泊まりに行くなんてことができたのも若かったから。それとも時代か。いやいや山本さんの人柄が全てだろう。

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(無断で載せるので顔がわからないようにしてます。ネガをアプリで反転)

 

自転車日本一周の途中でも、朝ごはんに呼ばれたことがある。ホイホイと出かけて行く自分もどうかと思うが、そこに新しい出会いがあり、その人の人生に触れることができる。

 

こうしたことも旅の醍醐味で、おそらく若い頃の方がチャンスが多いだろう。歳をとると警戒されてしまうから。

 

朝ごはんに呼んでくれたのは私より15歳も上の方だった。その方彼見れば自分も若い人ということだろう。

 

気さくなご夫婦でご主人は奥さんをたててとても仲が良かった。あのときたくさんの話を聞かせてもらったが、もし、北海道を旅したころの若い自分だったら、ただの年寄りの昔話に聞こえただろう。ところがこの歳で聞くととても身近な話でとてもよくわかった。

 

つまり旅というものは、そのときの年齢に合った経験を与えてくれるものなのだ。

 

ご馳走になった筍ご飯はとても美味しかった。

 

この日の記録

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(江丹別辺りか? ネガをアプリで反転)

 

この日の走行距離は238.4キロ。ガソリンは2回給油。

 

浜頓別のクッチャロ湖キャンプ場を出発し、オホーツク海岸で朝食。中頓別、音威子府、美深から朱鞠内湖まではダートを走る。朱鞠内で昼食後、幌加内、江丹別を抜けて旭川。

 

旭川では家への土産を買う。

そして洗車が0円となっている。どこで洗車したのだろう。

 

 

今回のまとめ

よく眠れぬままキャンプ場を後にし、ダート道で立ちゴケ。

怪我はなかったけれど、砂利道でバイクを起こすことの難しさを学んだ。

 

収穫はワインディングロードの楽しさ。北海道では数少ない道だ。ときどきこうした道がないと飽きてしまう。

 

けれどトンボの群れの中を走る痛さは心に刻まれた。

そしてそのおかげで今も蘇る情景。

記憶とは面白いものである。

 

では、このへんで(次回につづく)

 

 

過去の記事はこちらから。 

バイク免許をとって旅に出よう 【北海道バイクツーリングの思い出1】 - Hakuto-日記

 

初めての北海道ツーリング 【北海道バイクツーリングの思い出2】 - Hakuto-日記

 

ダート走行に挑む 【北海道バイクツーリングの思い出3】 - Hakuto-日記

 

今回取り上げた『釣りキチ三平』のイトウの登場する巻

 

 

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