8月のコロナ発症後、10月になってもまだ完全には体調が戻らない。
ところが7月下旬に、10月の連休に合わせて屋久島行きの航空券を購入してしまった。
屋久島の、いや九州最高峰の宮之浦岳を2泊3日で縦走するプランである。
体力作りの計画では2週間前に大山登山をするつもりだった。
自転車通勤して鍛えるつもりだった。
いろいろあって職場には2回のみ、そして大山登山は1週間前となる。
なぜ、大山なのか。
大山はぼくの登山の原点なのである。
心身ともに落ち込んだとき、大山が初心に帰らせてくれる。
大山に登るルート
大山に登る。それは決めていた。だが、どのルートから登ろうか。
大きく分けると5つのルートある。
一般的な表参道ルート、ヤビツ峠からのイタツミ尾根ルート、日向薬師からの見晴台ルート、不動尻からの唐沢峠ルート、そして北尾根ルートである。
このうち北尾根はマイナールートでほとんど歩く人はいない。
山と高原地図を眺めていたら、「ヒガンバナ9月中旬〜下旬」という赤で印刷された文字が目に留まる。
そうだ、日向薬師の前には彼岸花の群生地があった。
今回登るルートが決定した。
彼岸花群生地を散策
日向薬師に近づくと、彼岸花が道路際に長く伸びていた。写真を撮ろうと思ったが、車がぼくのスーパーカブの後ろについていたのであきらめた。
日向薬師のバス折り返し点の隣が駐車場になっていて、すでに満杯だった。こんなときバイクはありがたい。よっぽどのことがない限り、どこかに駐車スペースがあるものだ。
彼岸花は、田んぼの畦などに行儀よく並んで咲いていた。その中を通る小径が散策路となっている。ちょうど稲刈りの時期で、昔ながらの稲架(はざ)掛けを行なっていた。
花を観賞しに来た人たちも、のんびりと歩いたり写真を撮ったり四阿で休憩したりしていて、のどかな風景に溶け込んでいた。
この、のどかな風景に心を癒されながら散策路を一周すると、スーパーカブに乗ってさらに奥へと向かった。
その先はだんだんと傾斜が強くなり、4速から3速にギアを落とす。しばらく進むとクワハウス山小屋という建物が現れ、そこの駐車場の先のスペースにバイクを停める。
ここからわずかに登ると九十九曲コースの入り口になる。
日向薬師ルートを登る
日向薬師から大山山頂を目指すには、さらに2つのルートがあって、日向ふれあい学習センターの脇から登る九十九曲ハイキングコースと、さらに奥にあるふれあいの森キャンプ場から登る急坂コース(勝手に命名)がある。
昨年の春にはこのふれあいの森キャンプ場から大山を目指した。あのときは見晴台手前のミツマタが満開だった。
今回は九十九曲のコースをいく。登山口には小さな祠があり、そこで登山の無事を祈る。時計を見るとすでに11時半になっていた。
歩き始めると可憐な花が出迎えてくれる。ちょっと進むと小さな沢があり、そこに架かる一本橋を越えていく。
今の季節、花は少ないが虫もいないし、霜解けで泥濘むこともない。登山道は快適に整備されているけれども九十九曲の名前が示す通り、葛折りの登りが続く。景色が見えるわけでもなく、ただ淡々と修行僧のように登っていく。
途中、伐採後の幹を削ってベンチのようにしているところがあって、このような心遣いがとてもうれしい。
50分ほど歩いて九十九曲を抜け出すと、そこは尾根道になる。すぐにふれあいの森キャンプ場から続いている急坂コースと合流し、とりあえずは見晴台を目指す。
少し先に赤い前掛けに赤い頭巾をかぶった地蔵様が立っている。そこから右にカーブすると杉木立の気持ちの良い平らな道になる。それからその先を登っていくと見晴台だ。
見晴台から大山山頂へ
12時35分頃に見晴台到着。標準のコースタイムより5分だけ早かった。
ベンチのあるテーブルはほぼいっぱいで、ひとテーブルだけ空いていたのでそこに座って昼食にする。大山の方を眺めると残念ながら山頂はガスでほとんど見えなかった。
作ってきたおにぎりを食べながらお湯が沸くのを待つ。沸いたお湯でフリーズドライの味噌汁を飲む。
13時、大山に向かって歩き出す。はじめはほぼ平らでその後は急な登りになっていく。
足元に薄いピンク色の美味しそうな何かの実が落ちていた。後で調べると山帽子の実だった。
その後は変化に富んだ道で、きつい登りだが楽しい道だった。山頂に近づくと木道や木の階段が多くなる。もちろん歩きやすさのためもあるだろうが、おそらく自然保護のために設置されているのだろう。
最後の木道、階段を登ると大山山頂だ。
この日はもともと登山者が少ない上に、時刻も2時20分を回って山では遅い時間なので、山頂に人は少なかった。とはいえ、20人くらいはいただろう。
山頂で記念写真を撮り、栄養補給をして5分程度で下山を開始した。
下山中に
下山を始めると、少しずつ霧が晴れてきた。
冬場なら、霜解けで泥濘む道も全く問題がない。
すこし飛ばし気味に降りていると、以前、調子に乗って下り、膝が痛くて動けなくなったことを思い出した。それでピッチを落として下っていった。
すると、目の前に小さな男の子がおばあちゃんに助けてもらいながら降りているところに追いついた。
そのおばあちゃんが男の子を助け終えるとこちらを向いて話しかけてきた。
「この道は随分人が少ないですね」
「もう時間が遅いですから」
「どちらに向かっているのですか?」
「日向薬師ですが」
「阿夫利神社の下社にはいきますか?」
「この先の見晴台から右に行くと下社に着きますよ。そこから30分位でしょうか」
そんなことを話して先を見ると、母親とさらに小さな女の子がいた。
このときすでに3時を少し回っていた。普通に歩いて見晴台まであと30分位はかかる。この一家の速度だと、1時間近くかかりそうだ。見晴台から下社までも標準タイムで30分。すると、ケーブルカーの最終17時か、よくてその前の1本となるだろう。
そんな計算をして、いくらなんでも最終には乗れるだろうと思った。
ただ、山の中なので4時半にはかなり薄暗くなってしまう。
昔、小さな子供たちを連れて母と一緒に大山を登りに来たことがある。
あの時は不動尻から登り、大山山頂へ向かう分岐で登頂を諦めて下山した。足に自信のあった母だが、この時はすっかり自信をなくしていた。
それでもなんとか頑張ってもらい、九十九曲を下って日向薬師に向かった。
車は不動尻下の広沢寺温泉の駐車場に停めていたので、長男と二人で七沢に下り、さらに広沢寺まで車を取りに戻った。
もうあたりはすっかり真っ暗になっていた。
その間、母と妻、そして下の息子二人は日向薬師バス停にある茶店の前のベンチに座って待っていた。
そんな昔の出来事をこの母と娘と孫をみていて思い出した。
おそらく今度はもっと早い時間に行動することになるだろう。
最後に
下山後は七沢温泉に浸かっていこうと準備をしてきた。
停めていたバイクのところに戻り、帰り支度を整えていると雨が降り出した。今日は1日晴れのマークが出ていたはずなのに。
カッパを着て温泉に行くもの面倒である。バイクを停めている近くのこのクアハウスの看板に「ご入浴」と書かれている。一応調べると、一時日帰り入浴を見合わせていたが今は再開されているとなっていた。天然水掛け流しと微妙な表現で、温泉ではないようだが、すぐに入れるというのはありがたい。
入浴料など不明だったが、おそらく1000円以内であろうと判断して店の中に入った(料金は800円だった)。
ちょうど誰かが上がった後らしく、たった一人でのんびりと湯に浸かった。檜なのかどうかわからないが、甘い木の香りがしてとても癒された。コロナで落ちた体力を振り絞って5時間ほど歩いたが、この程度が程よい疲れとなる距離であることがわかった。
ぼくが湯から上がると一人のお客さんが入ってきた。ちょうど良いタイミングだった。
翌週の登山は8時間ほどの歩行時間となる計画である。ちょっと心配ではあるが、なんとか歩けるような気もしてきた。
では、このへんで
広告