なんだか思い出話まで書いていたら長くなったので2回に分けた。
今回はタイトル通りの話です。
山蛭が苦手な方(たいていの人はそうでしょうが)は読まない方がいいかも。
山蛭の洗礼
この日、集落総出で草刈りをしていた。
ここまでの道路脇で大勢の人が働いているのを見かけていたが、脇道に入った急な坂道でも同じように草刈りをしていた。
男性が円盤型の歯をつけた草刈機で草を刈っていて、少し上の方で女性がその草を集めて脇に寄せていた。
暑いのにご苦労様。頭が下がる。
民家が途切れたあたりにロウバイ園があり、あとから調べると2万本以上のロウバイが植えられているそうだ。
そこを大きく回り込むように道が伸びていて、途中に散策路なる案内板が立てられていた。そちらを覗き込むと急坂の小径が見下ろせた。
また、さらに上には茶畑が広がっていた。このあたりに住む方々はお茶農家なのだろうか。
有難いのは道の脇に木々が生い茂り、木陰が多いことだ。こういう時はかえって帽子を被らない方が涼しい。
道が前方で左に折れるところに寄展望台なる場所があった。そこがちょっとした広場になっていてベンチが置かれている。
鍋割山への案内標識はその手前で左に向けられていた。
少し先の展望台に立ってみる。谷間の中では等高線の間隔がちょっとだけ広い場所で、開放感があった。
手前の左方面に向かって少しいくと、前方がお茶畑で行き止まりのように思えた。
しかし、そこにほぼ90度傾いた案内標識があり、茶畑の脇につけられた道がそれであることがわかった。
いよいよここから舗装路を外れていく。
茶畑の脇を少し登ると道が右に逸れ、少しいくと再び茶畑が右手に現れた。
その茶畑の角に立つ標識は、登り始めた宇津茂集落ともっと奥の土佐原集落へ通じる道を示していた。
そして親切にも鍋割山方面への案内がここにも立てられていた。
先へ進み、鹿避けの柵の扉を開けてしっかり鍵をかける。といっても太い針金を曲げただけのものを引っ掛けるだけなのだが。
そこからいよいよ登山道らしい道になる。
この辺りの森はほぼ植林だ。杉や檜ばかりである。登山道のすぐ下に車が通れるくらいの白い砂利道がみえた。この道を使って木を切り出すのだろう。下枝は綺麗に切り払われていたが、いまも木を切り出しているのだろうか。
登山道はこの砂利道を横断したり、一部登山道と重なったりして続き、そして舗装された林道に出た。もちろんこの林道は一般車両は通れない。
この林道を横断してふたたび登山道に入るのだが、いきなり急な階段の登りとなる。
しばらくするとなだらかな道になり、草原のようなところに出た。その先に松の木がポツンと立っており、その前に標識が立っていた。ここが櫟(くぬぎ)山だ。標高は810メートル。
時計を見ると11時35分。なんとここまで1時間55分もかかっている。地図に書かれた標準タイムより30分も余計にかかっている。
この時点でもう鍋割は無理だろうと思った。ともかくまあ、行けるところまで行ってみよう。
とりあえず次の目標は栗ノ木洞(908m)だ。
櫟山では少し立ち止まっただけでそのまま歩き始める。まてよ、左足のふくらはぎの外側がなんだか冷たいぞ。
見るとズボンに赤いシミがついている。
「やられた」
すぐに山蛭にやられたと思った。以前にも経験がある。
草原を過ぎたところでズボンの裾をたくし上げる。
血のついたところにはいない。ズボンの方にも見当たらない。
ところが、その下の脛の靴下のすぐ上にたっぷり血を吸って太ったヤツがくっついていた。
棒切れで取ろうとしたがしっかり食いついて離れない。
どうするか。むりやり取ろうとしてはだめだ。
しばし考える。
そうだ、虫除けがある。
ザックの脇ポケットに入れておいた虫除けスプレーを取り出してヤツに吹きかける。すると一瞬で取れた。
このとき靴の中に入らないように気をつけてやったので靴の上に落ちた。こんどは落ちていた棒切れで靴から払い落とす。
本当はコヤツはあの世に送らなければならないのだが、やられたところから血が出ているのでそちらの処置が先だ。
ザックからティッシュを取り出して血を拭い、ぎゅっと押し付けて止血した。
だが、ヤツに吸われた傷口から出た血はなかなか止まらない。やむを得ずティッシュを当てた上に靴下を被せた。
幸い上の方はしばらく時間が経っていたようで、なんとか血が止まっている。
だた、家に帰ってから綺麗に洗うとふたたび血が出てきた。なんとも厄介だ。
さらに悪夢は続く。
こうして手当していると、首の後ろに何かを感じた。
背中に入り込まないようにして虫除けスプレーをかける。
首の後ろを触ってみると手に血がついていた。
ああ、油断してしまった。
きっと木の上から落ちてきたのだ。
首の後ろにはもういないことを確認して(本当にいないか不安だったが)手拭いを首に巻く。そしてふたたび落ちてこないように帽子(ハット)を被った。
そして遅ればせながらスパッツを取り出して地面に置く。おそらく靴についたヤツが這い上がってズボンの下に潜り込んだのだろう。スパッツをつければズボンの下には入り込めないだろう。
しかしなんと、つけようとしたそのスパッツにヤツがくっついている。
ああ、滅入る。気分はダダ下がりである。
そして再び歩き出す。
ふと下を見たら右足のズボンの上にヤツがいて、布の織り目から入り込もうとしていやがる。
雨上がりの丹沢を歩くものではないな。
肝に銘じる。
栗ノ木洞まではなだらかな道で、ヤツの処置時間を含めて20分ほどで着いた。鍋割山まで1時間20分と標識に書かれている(地図では1時間45分)。ここまで2時間半かかっている。当然無理である。
それでももう少し先へ向かう。なにしろトレーニング登山なのである。
栗ノ木洞の先は一気に下っている。ふたたび登ることになるが初めて通る道でもあるのでもう少し先まで見ておきたい。
そして、一気に下るとコルになり、再び少し登った先の810メートル地点で折り返すことにした。
ここで昼食にする。辺りはぜんたいに湿っていて座る気になれない。コンビニのおにぎりを立ったまま頬張る。
さらには上に枝が伸びていない開けた場所に立つ。
用心に越したことはない。
おにぎりを食べていると向こうから同年輩の男性がひとりで歩いてきて通り過ぎた。
「こんにちは」と声をかける。
山蛭はだいじょうぶでしたか、とは聞かなかった。
最後に
もうあと少しで以前歩いた道にぶつかるのだが、その気力はもうなくなっていた。
急な坂を登って栗ノ木洞までもどるとあとはほぼ下りになる。
2時間ほど下ったところで左膝が少し痛み出す。
トレッキングポールで衝撃を和らげながらなんとか舗装路まで辿り着いた。
午後3時少し前、スタート地点まで戻ってきた。
自販機でスポーツドリンクを買い、一気に飲み干した。
ザックから着替えのTシャツを取り出し、トイレで着替える。
大丈夫、背中に血の跡はついていない。
今回はまさに山蛭の洗礼を受けた登山だった。
では、このへんで
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