約半年ぶりにブログを書く。
実は前回のブログをアップした直後に怪我をしてパソコンのキーが打てなくなった。
その後パソコンは打てるようにはなったが気力が萎えてしまった。
ようやく少し気力が戻ったので、事故の状況をまとめておきたいと思う。
読者が僕と同じような事故に遭わないようにという願いを込めて。
自転車による自損事故

令和7(2025)年2月13日午前8時50分頃、神奈川県厚木市内を自転車で走行中、バス停付近で電柱に激突した。原因は、電柱下から伸びているコードを覆うパイプに乗り上げバランスを崩したためだ。
自転車はマウンテンバイクをドロップハンドルに改造したジャイアント・ランドナーと呼んでいるもの。それで車道を走っていたところ、バスが僕を追い抜いて停留所に止まった。そこの歩道は広く、バスから乗客が一人降りてきたところだった。
そこで降りてきた女性から離れるようにして車道から歩道に乗り上げた。目の前にはぽつんとコンクリートの電柱が立っていた。そこを大きく回り込もうとしたところ、歩道の上にパイプが転がっているのに気づいた。
それを乗り越えようとしたら、なんと前輪がパイプに沿って進んでしまった。そしてブレーキをかける暇もなくそのまままっすぐ電柱に激突したというわけである。

まず頭に当たる。その一瞬、ヘルメットをかぶっていて良かったと脳裏をよぎる。続いて右肩が激突。そのあとはどうやって倒れたのか、気がつけば左側を下にして横たわっていた。
痛い! 右肩が痛い。けれどなぜか頭は冷静にこれは骨折したなと思った。左手でおそるおそる右肩を触ってみる。とくに骨が飛び出していることはなかった。血も流れてはいない。
しかし痛い。バスから降りた女性が駆け寄り「大丈夫ですか」と声をかけてくれるが、ただ呻くことしかできない。そこに歩いてきた男性も同じように声をかけてくれるがやはりなにも答えられない。
救急車で搬送
女性が「救急車を呼びましょうか」と言い、その場で電話をかけてくれた。
救急車はすぐに来てくれた。まずは怪我の状況確認と保険証による本人確認。そして歩いて救急車に乗れるかということで立たせてもらう。すると左股関節あたりに痛みがはしり、立つことができなかった。あまりに肩が痛くて足の痛みはそれほど感じられなかったのである。
ストレッチャーで救急車に乗り込み、病院に救急搬送される。CTやレントゲンを撮り、右肩鎖骨の骨折が判明。その他の外傷は左手小指付近の打撲(ハンドルを握っていた指が電柱にぶつかったものと思われる)、左骨盤付近の打撲、左膝上部の打撲であった。右側頭部も打ちつけたがヘルメットをつけていたためとくに外傷はなかった。
念の為、頭部CTと左股関節付近のレントゲンを撮ったが、骨折などは見られなかった。
三度目の骨折で入院
搬送された病院では病床がいっぱいとのことで入院できず、これまで二度の骨折でお世話になった病院に紹介状を書いてもらう。受け入れには紹介状と共に病院からの電話連絡が必要とのことで受け入れを制限しているようだった。
この日は妻に迎えにきてもらい、タクシーで妻の住んでいる家に向かった(妻と息子は紹介状を書いてもらった病院の近くに住んでいる)。妻の肩を貸してもらわなければ歩けない状態でトイレに行くにも苦労した。結局、1ヶ月半ほど世話をしてもらうことになる。
翌朝、紹介状を持参して受診。診察時、鎖骨の他に肩甲骨の烏口突起も骨折していると告げられる。手術を勧められ、そのために必要な検査を行う。
始めに採血、検尿(ただし直前にトイレに行っていたため、採尿コップを持って先に他の検査を行う)、ふたたび肩のレントゲンとCTを撮った。その際、レントゲン技師が左手小指付近の腫れ方を訝っていた。
翌日、再び山本医師に受診したところ、小指の骨折が疑われるのでシーネ固定をされ、レントゲン検査を受けることになった。体重をかけると痛みが走り歩けなかったため、合わせて左股関節の検査もしてもらう。小指はやはり骨折で縦に割れていた。股関節については骨に異常はなかった。
翌15日、手術日は21日に決まりその前日に入院という段取りとなった。血液検査の結果で血栓の疑いがあるとのことでエコー検査を行う。
2月20日午後2時頃、新しく出来た病棟に入院。麻酔医からの問診と手術時の説明を受ける。
なお、血栓の検査結果を聞いていないと看護師に告げると、血栓はないと手元の資料を見て教えてくれた。
2月21日手術当日。予定より1時間ほど遅れて午後3時半に手術室に歩いて入る。終わったのは6時頃だという。
今回初めて尿道に管が入る。ケガ以来ほぼ2時間毎にトイレに行きたくなっていたので(夜中も同じ)、これは助かった。抜いたのは23日の朝。その後トイレに行ったら空気も一緒に出た。
痛みについては痛み止めでコントロールしていたが、痛みが持続していて、とうとう夜中に耐えきれなくなり、22日と23日には追加で痛み止めを点滴注入してもらった。
左手のシーネは動かせるのが親指だけだったので、小指と薬指だけの固定に変えてもらいたいという要望を25日の朝に担当医師に伝えたところ、「退院後の外来で」とあっさり言って直ぐに行ってしまった。その日の午後、「病棟が混んできたので明日退院しましょう」と告げられる。

そしてその夜、担当医がグラインダーを持って再び病室に現れた。シーネ固定を外し、足元でシーネを縦半分に切り始める。削った粉があたりに飛び散った。しかし、おかげで人差し指と中指が動かせるようになり、歯磨きができるようになった。なお、入院中2回だけ歯磨きのお世話になった。
2月26日午前9時半頃退院。次回の予約表を受け取り精算。左脚というかお尻の痛みはだいぶ和らいで、なんとか一人で歩けるようになってはいたがタクシーで帰宅(妻の家まで)。
3月3日8時半、歩いて受診。最初にレントゲンを撮り、9時からリハビリ、その後に診察。傷の消毒をしてから抜糸(今回は糸ではなくステップラーのようなもので留めていた)。
3月11日午前9時リハビリ。
3月14日レントゲン後診察、異常なし。左手のシーネ固定を外す。すると医師は小指をぎゅっと一気に曲げた。思わず「イテッ」と叫ぶ。担当医師からは4月に異動すると告げられた。
その後新しい医師に変わり、診察は4月11日、5月9日、8月1日。リハビリは、3月18日からほぼ1週間ごとに行われ、最終が7月18日だった。
リハビリの結果は順調とのこと。しかし、自分ではもっと早く回復できると思っていたので、なかなか前のように動かせないことに若干苛立ちや焦りを感じている。その反面、なるようにしかならないとの気持ちもあり、それが行ったり来たりしている。
実際、可動域については元に戻っている。しかし、筋肉の強張りや張り付き感があり、動かすときにピリピリとした軽い痛みが伴う。そして、登山をするにはザックのショルダーストラップが直接肩に当たるため、重い荷物を背負うと痛みがあり、すぐには難しそうだ。体力もかなり落ちてしまった。
さらには腕の筋力が弱くなっているが、少し前まで筋力トレーニングを禁止されていたため、まだまだ二の腕が細いままだ。しばらく禁止されていたのは可動域のリハビリも同様で、金具を留めたネジが抜ける方法に働くのを防ぐためということだった。
自転車はどうしたか
さて、その間自転車はどうしたのか。
救急車に乗る際、救急隊員の方が自転車を目の前にあるお店(ワークマンプラス)の人に了承を得て、店の前に鍵をかけて停めてくれた。
救急搬送された病院には警察官が事情聴取にやってきて、自転車はハンドルが曲がりタイヤも回らない状態であるとを教えてくれた。そして、激突した電柱を調べてみたところ、特に破損しているところはないので弁償ということはないだろうと告げ、「何かあったらここに連絡を」と言って連絡先を書いた名刺サイズの紙を渡された。
ワークマンプラスには翌日に電話を入れてしばらくは取りに行けないのでそれまで置かせて欲しい旨お願いする。もちろん無くなっても責任を問うようなことはしないと告げた。
4月上旬、平塚の自宅に戻る。そして4月17日、自転車を取りに行き、家まで押して歩いた。数日前、自転車がなくなっていないか様子を見に行っていた。幸い店の前の片隅にまだ置かれてあり、ホイールは歪んでいなかったのでブレーキを解除すれば押していけるだろうと判断していた。

その時に事故現場の写真を撮る。まだあのパイプは転がっていた。ワークマンの責任者の方によると、以前置かれていた自販機の電源を取るためのものだということだった。それにしても周りに何もないところで、ぽつんと立つ電柱に激突するとは誰も想像できないだろうと思った。

約1ヶ月後、再び事故現場の前を通ると、なんとあの忌々しいパイプは撤去されていた。まあこれで僕と同じような事故がここで起きることはなくなった。僕の事故があったことにより撤去されたのだと思いたい。

自転車は整備してふたたび乗れるようになった。ついでにハンドルとサドルを変えた。ハンドル自体は曲がっていなかったのでまだ使えたが、ロードバイクのルーベのハンドルを変えてそれをこちらに移し替えた。

最後に
自転車を整備した後の7月上旬、軽く数時間乗ってみたところ、だんだん肩が痛くなってきた。翌日は肩から首がパンパンに凝ってしまった。まだまだ早いようだ。
7月下旬、1時間ほど乗ってみた。うん、1時間なら大丈夫。でも新しいサドルが少し硬くてパッド付きパンツを履かないとダメみたいだ。
ロードバイクについても、ふたたびビンディングに挑戦しようと思ってシマノのSPDに変えてみた(ビンディングが外れず二度も立ちゴケした経験をしている)。まだ、外は走っていないが、前のクランクブラザーズのビンディングよりも外しやすい気がする。これも外で練習が必要だ。
とにもかくにも、まずは体力をつけ(少し頑張ると翌日は動けなくなる)、筋力もつけて早く日本百名山挑戦に復帰したい。
では、このへんで
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