Hakuto-日記

定年後を楽しく、生きたい人生を生きる!

絶景は幻の如く【大山(だいせん)】その2

大山登山。

前日に集めた情報では下から雪。

一度解けて凍り、再びその上に雪が積もっている。

おかげで六合目まではアイゼンなしでも歩くとこができそう。

でもその先は最低でもチェーンスパイクが必要。

風は海側(北側)から吹きつけて来て、予報では風速10mくらい。

だから登りでは追い風となるが、下りでは正面下から噴き上げてくる。

風が強い時はゴーグルが必要となる。

そして天気は曇り。午後から少しは回復するかも。

こういった状況だった。

 

雪山を登る

今年最後で、毎週登山の最後を飾るのが鳥取大山。伯耆大山といったほうがいいか。我が家の近くにも大山があるが、むこうは<ダイセン>といい、我が家の方は<オオヤマ>という。馴染みの深い山と同じ文字の山にこれから登ると思うと、何か特別なものを感じてしまう。

 

朝5時半に起床。階下に降りてお湯を注ぐだけの蕎麦と昨日の夕方に買った味噌パンで朝食を済ます。

 

相部屋となった男性はぼくより早くに起きて外の天気を何度も見に行っていた。ぼくが食事をしている時に外から入って来て、「雪が降ってますよ」と教えてくれた。ぼくがスマホで調べた限りでは、8時頃まで雪で、晴れマークは夕方になってからだった。

 

その男性は、午後になった方が晴れる確率が高いというので9時過ぎに出発する予定だという。ぼくは本格的(となってしまった)雪山は初めての体験となるので、余裕を持って予定通り7時に出発すると答えた。

 

宿のオーナーは、お湯を入れておき、朝に再びお湯を沸かすと早いといって、昨夜のうちに渡したポットに熱いお湯を入れて渡してくれた。そのポットを手に再び2階に上がって登山の準備をする。

 

再び下に降りると、今夜の集まりのために来た人たちが3、4人到着して登山準備をしていた。

 

オーナーは登山口までの道が滑るので気をつけるように言った。とくに橋の上が滑るという。お礼を言って7時に宿を出発する。

 

雪は結構降っていた。道は完全に凍っていてその上に雪が積もり、昨夜の道よりも滑らなかった。橋の上は結構雪が積もっていてまったく滑らず歩くことができた。

 

橋の向こう側に駐車場があり、そこに登山届のポストが置いてあった。必ず記入して行くようにと書かれていたので、コンパスで登山届を提出していたが、ここでも紙の登山届を記入してポストに入れる。

 

その隣にトイレがあり、そこの屋根の下でダウンの上着をザックに入れた。寒いと困るのでたくさん着て来ていたが、さすがに着過ぎだったようだ。

 

駐車場に車はまだわずかしか停まってはいなかった。これから登ろうという男性がトイレに来たので足元を見ると、すでに本格アイゼンを装着していた。それを見て、ここでアイゼンをつけて行った方が良いかもと思ってはみたが、雪も小降りになって来たので行けるところまで行ってみることにした。

 

こうして7時40分、準備万端で駐車場の奥から歩き始める。だが、夏山登山口は車道をもう少し先までいったところだということが後で分かった。だた、駐車場の奥からでも夏山登山道に入ることができたので、問題はなかった。

 

夏山登山道に入ると、まるで参道のような階段の道だった。なだらかで雪は少なく、さらに階段がつけられているので、アイゼンがない方が歩きやすかった。

夏山登山道

しかし、登るにつれて雪が多くなって来た。標高1000メートルあたりで初めてとなる12本爪アイゼンを装着する。アイゼンはオーバーシューズが履けるようにビンディング式ではなくベルト式を購入していたが、オーバーシューズはまだ買っていないため、今回はレジ袋をオーバーシューズ代わりに履いてからアイゼンを付けてみた。

 

このとき、ザックの口を広げたままで作業をしたのでザック内の荷物の上に雪が積もってしまった。慎重に雪を掻き出す。だが、少し中が濡れてしまった。良い教訓になった。

 

アイゼンの爪を反対の足に引っ掛けないように気をつけて、足をつく幅を広げて慎重に歩き出す。

雪道は夏よりも運動量が多くなるようで、途中で暑くなり、ザックを下ろしてさらにフリースを脱ぐ。脱いだフリースをザックにしまうのも、手袋をしているので時間がかかりもどかしい。けれど、またすぐに暑くなり、再び停まってラムズウールのセーターを脱いだ。

 

結局着ているのはモンベル・ジオラインメッシュの袖なしのアンダーシャツ、ジオライン中厚手のアンダーシャツ、ウィックロンのフロントジップシャツにゴアのレインウェアという格好となった。

 

五合目に着くと谷側から風が吹いて来た。これまで樹林帯で風はほとんどなかったのでそれが心地よく感じる。

 

五合目の標柱の反対側には小さな祠があってそこに登山安全と書かれた石柱が立っていた。そこで登山の安全を祈願する。

 

 

登山の安全を祈願する

樹氷が美しい

初めて歩いた雪山らしい雪山は、とても素晴らしく感動的だった。静寂な樹氷の樹林帯の中にぎゅっぎゅっと雪を踏み締める音が響く。こうして雪山を登っている自分というものを意識すると自ずと気持ちが昂ってくる。

 

そうやって自分に酔っていると目の前に小屋が現れた。そこが六合目だった。

そこからは大山山頂や三鈷峰が見えるという図が書かれた案内板が小屋の前に立てられていた。けれど真っ白で何も見えない。


ここまで登るのにかなり暑くなっていた。上はその都度脱いできたが、下はアイゼンを外すのが手間なので我慢してきた。そこで、この避難小屋の前でレインウェアのパンツを脱ぐことにし、アイゼンを外す。雪山ではこうしたひとつひとつの作業に時間がかかり、夏山とは全く違うということを実感した。

 

六合目からの急坂を登るべく準備万端整えて登山道に入ろうとしたとき、上から若者が二人降りて来た。

「もう登って来たのですか、早いですね」と声をかけると

「途中で諦めて降りて来たところです」との答えが返って来た。

足元を見るとアイゼンもスパッツ(最近はゲイターと呼んでいるらしい)もつけていない。降りて来て正解だと思う。

 

だいぶ下の方から前になったり後ろになったりと、ほぼ歩く速度がおなじの3人のパーティーがいた。彼らはチェーンスパイクで登っていた。ぼくと同じでピッケルはなく、ストックだけで歩いていた。

 

かと思えば、六合目に後からやって来た4人連れのパーティーは、本格アイゼンにピッケルという完璧な冬山装備。こうした観察をするのも面白かった。

 

この辺りは雪が深かった

森林限界を越える

西側斜面

山頂はもうすぐ

山頂付近の木道

頂上避難小屋(裏側)

 

10時46分、大山(弥山)登頂。山頂は視界がきかず、風が強かった。しかし、予報の風速10メートルまでは吹いていないようでラッキーだった。一緒になったフル装備のパーティーに写真を撮ってあげ、こちらも撮ってもらった。

 

山頂には5分ほどいただけですぐに下山する。夏は下りルートとなる方は踏み跡が全くなかったため、登って来た道を引き返した。

 

幸い風が弱くなっていて、ゴーグルをつけずに歩くことができた。天気は回復に向かっているのだろうか。

天気が良ければ気持ちがよさそう

美しさに見惚れながら下って行く

 

ちょうど1500メートルの地点で、突然、ガスの切れ目に下の景色が現れた。えっと思ってスマホを用意している間にもう見えなくなってしまった。その景色とは日本海とその海岸線がくっきりと見えたのだ。それがまるで幻のようにすぐに姿を消してしまった。その後しばらく粘ってみたけれど、ふたたびチラリと見えたのは薄いベールに包まれていた。

ここに絶景が見えていた

あきらめて六合目の小屋まで下って行く。すると、再びあの絶景が姿を現した。

 

ちょっと残念だったのは、手前の樹氷が見える範囲を狭くしていることだった。しかしそれでもその景色は素晴らしかった。手前の樹氷の向こうには紅葉の小高い山が見え、その向こうには半島の先が見えた。

六合目から見えた景色

少し右手を見る

すこし引いてみる

とりあえず写真が撮れたので、避難小屋で昼食にする。小屋は思ったよりも狭かった。先客がいたが、ちょうど出るところだったようで場所を空けてくれた。昼食はモンベルのリゾッタで、宿のオーナーが沸かしてくれたポットのお湯を入れて出来上がりだ。

表に出ると、パンを食べている人がいたので小屋の中に入れると声をかけたが、そのまま外で食べていた。

すると、だいぶ前に下って行った男性が走るようにして登り返して来た。下の景色が見えてきたのであわてて登って来たのだと言った。

 

その男性と場所を入れかわりながら写真を撮る。ときどき青空がのぞいてだんだん晴れてくるかと思いしばらく待っていたが、なかなかこちらの思うようにはなってくれない。流れて行く雲の切れ目からときどき下が見えるという状況は変わらなかった。

 

登って来た男性は、「なかなかこっちへ来る機会がないので、せっかくの景色を見ようと登って来た」と言った。東京の方でたまたま出張があったので、1日延ばして登りに来たのだそうだ。今日はこれから帰るということだった。

 

しかし、それにしてはしっかり冬山装備を身につけているなあと思った。きっとしょっちゅう山に登っているのだろう。しばらく景色を眺め、その男性は先に降りて行った。

 

少し遅れてぼくも降りようと思ったところに山頂で一緒だったパーティが降りて来た。もうとっくに降りていたと思っていた。きっと山頂の避難小屋で昼食をとっていたのだろう。

 

その4人のパーティーが降りた後をついて下る。途中で見晴らしの良い場所があり、そこでも写真を撮る。どうやら雲の下に降りてきたようだ。

 

そこからさらに下ると元谷に下る道との分岐になった。今朝はまったく踏み跡がついていなかったが、いまは踏み跡がついていた。そこで、同じ道を引き返すのはやめて、当初の予定通り元谷を経由して戻ることにした。

 

分岐を右に急な階段を下って行く。アイゼンをつけているので雪の少ないところでアイゼンの爪が引っかかり、つんのめりそうになりあせった。慌てず慎重に下ることにする。

元谷に降りる行者登山道

木々の間に谷が見える

谷に降りると三鈷峰が正面に。そして青空も

元谷避難小屋

元谷避難小屋のあたりをうろうろして景色を眺める。谷の少し上に東京から来たという男性がじっと動かずに写真を撮っていた。

 

そこで、スマホをしまい、少し下にある登山道に入ろうとして振り返った時、大山北壁全体が見渡せた。そしてその美しさに息を呑んだ。

ああ、写真ではあの感動を伝えられない

https://youtu.be/qOG2iKxZdkU

動画ならどうだろうか?

 

こうしてしばらく北壁を眺めていた。いつまでも眺めていたいと思った。

 

名残惜しくもこのあと堰堤を渡り、ブナ林を谷に沿って下る。この林の中の下宝珠越との分岐でアイゼンを脱ぐ。そこから少し登ると大神山神社奥宮に着いた。社殿は工事中で足場で覆われていた。

 

 

奥宮正面の階段を下ると長い長い参道となっていた。雪が残り滑る参道を杖をつきながら登ってくる夫婦連れやリュックを背負った人が数人登って来た。ぼくも滑らないように気をつけながら下って行く。

大神山神社参道

 

下まで降りてから今度は大山寺への階段を上がる。ここにも雪の中を歩いてお参りに来ている人たちがいた。

大山寺

14時50分、ふたたび登山を開始した駐車場に戻って来る。ここで下山届をポストに入れて大山登山は完結した。

駐車場手前の橋の上から

 

その後は温泉に入り、食堂で名産の豆腐をいただく。

 

夜、同室の男性の山仲間による宴会が開かれた横でちびちびとビールを飲んでいたら、博多のもつ鍋やおつまみのご相伴に預かった。温泉の食堂ですこし食べ過ぎており、腹がぱんぱんになってしまった。

 

しばらくして地元に住むマッターホルンに登ったという母親と5歳の娘さんが相手をしてくれた。こうして実に幸せな気分で床に着いた。

 

 

 

米子城跡

8時40分発米子駅行き

翌朝、8時40分発のバスに合わせて支度をする。1階に降りると、昨日の母娘が朝食をとっていた。

 

他に同室の男性とその仲間の男性も食事をしていて、山の話などをしている。なんとなく聞いていると、それぞれの山の山小屋メニューの話だった。そしてその山小屋の人気メニューを食べるために登ってくる人もいるという。グルメでないぼくにとっては想像できない話だった。けれど、そうした登山の楽しみ方もあるのだなあと参考になった。

同室の男性はいつも山小屋を利用しているらしく、そこからいろいろな情報を得ているようだった。山小屋に泊まるのも悪くないなと思った。

 

バス停について今日の大山を眺める。今日も山頂は雲の中だ。

 

バスはすでに到着していた。ここ大山寺バス停が始発で米子駅行きだ。乗客はぼく一人でだいぶ先まで誰も乗ってこなかった。これじゃ赤字だな、地方のバスがどんどん廃路線となるのもうなずける。

 

米子駅に着くと小雨が降っていた。帰りの飛行機は午後2時過ぎなので、米子城を見に行く。昨夜、マッターホルンのお母さんに話したら、今、若い女性に人気の城だと教えてくれた。

 

城(実際には城址だが)に向かっている途中で雨が本降りとなったので傘を差す。駅の近くから小さい山が見えたが、近づくとその先にもう一つ小高い山があり米子城はそこにが築かれていた。

www.yonagocastle.com

城は明治になって取り壊された(明治政府はなんと酷いことを)ということだが、石垣などはしっかり残っている。天守のあったところまで登ると、海側からぐるっと回って米子の街全体が眼下に収まった。雨なので残念ながら大山までは見えなかった。

米子駅方面の眺望

米子駅前で昼食(11時半に店が開くまで待った)を食べ、帰りも鉄道に乗り、今度は乗り遅れないように早めに空港に向かう。このJR境線は鬼太郎列車が走っていて、それぞれ駅名に愛称がつけられている。米子駅はねずみ男駅となっていた。帰りに乗った列車は目玉おやじの列車だった。

 

 

最後に

伯耆大山は曇りだった。雪だった。けれど大山の素晴らしさの一端を味わうことができた。

大山から見下ろす景色はまさしく絶景だということも、短い間だったけれど雲の切れ目から覗き見ることができた。

そして北壁のスケールの大きさと美しさに見惚れてしまった。

さらにぼくにとって本格アイゼンを履いて登るのは初めてで、雪山の素晴らしさを知った。

同宿の男性は3回目にして初めて下の景色を見ることができたと言っていた。ぼくは初めてでそれを見ることができたので幸運だった。

 

 

今年の目標の日本百名山50座にあと2座足りなかったが、今年最後の登山はとても満足できるものだった。

これで西日本側は伊吹山を残すだけとなった。あとは北の山々と標高が高い山ばかりが残っている。そして今後はテントばかりではなく、山小屋に泊まるのも悪くないなと思っている。

今回は日程に余裕を持たせたので、ゆっくり景色を眺めたり、温泉に入ったり、食事を楽しんだりすることができた。こうした楽しみをこれからも味わっていきたいと思う。

 

では、このへんで

 

 

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