Hakuto-日記

定年後を楽しく、生きたい人生を生きる!

森の懐に抱かれて 【宮之浦岳と縄文杉】その4

高塚小屋

新高塚小屋で昼を食べ、雨が降る中を高塚小屋まで歩く。

今日は高塚小屋泊まりの予定なので後1時間ちょっとだ。

どうせこの雨でバスは止まっているだろう。

高塚小屋でのんびりしよう。

ひょっとしたら今日はぼくだけかも知れない。

そんなことを考えていた。

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高塚小屋で

雨雲はまだどかない

12時50分、高塚小屋到着。新高塚小屋から1時間10分。標準タイムとぴったりだった。高塚小屋はちょっとおしゃれな小屋で、「新」とついている方の小屋のほうが古い建物なのである。

 

小屋の入り口は開いていた。予想に反してすでに誰かがいるようだ。入口の前に立つと先客は一人の30代くらいの女性だった。

「こんにちはー、おひとりですか?」

「上にひとりいます」

この小屋は5人が横になれる広さで、急な階段で2階に上がれるようになっていた。

「上は男性ですか?」

「ええ、そうです」

「では上に行きます」

「このハンガーを使うといいですよ」

そう言って奥にあったハンガーを持って来てくれた。見れば三和土にレインウェアやザックカバーが掛けてある。朝からずっと雨のなかを歩いて来たのでレインウェアはずぶ濡れだ。ありがとうございますと言って受け取り、ハンガーに掛けて三和土に吊るした。

 

問題は靴である。もう中までびしょ濡れだ。低い上がり框に座って靴と靴下を脱ぎ、雑巾で足を拭く。親切にもサンダルが置いてあり、そのサンダルを履いて入口の外に出て濡れた靴下を絞る。

 

そんなことをしながらその女性と話をする。彼女は、この小屋には昨日の夕方に到着し、今日はずっと寝ていた。昨日の朝はまだ暗いうち、それも相当早く出発した(それは4時頃だったもよう)のに、それほど進んでいないうちに、かなり後から出発したグループに追い越されたといことだった。

 

「追い抜いていったグループの一人は無線機を持っていて、ちょっとびっくりしました」

「えっ、それは男性二人と女性一人のグループ?」

「あ、そうそう」

「その3人なら昨日、新高塚小屋の前で会いましたよ。これから荒川登山口まで行くといっていました。その無線機を持った男性が、早く出たのにすぐに追いついてしまった女性がいたといって心配していましたよ」

「それ、わたしです。ずいぶん長い時間歩いたので疲れて今日はずっと寝てたんです。おかげでだいぶ疲れが取れました」

 

そして、本格的に登ることにしたのは今年からで、以前は誘われた時に登る程度であることなどを話してくれた。

 

梯子よりはマシな階段を登っていくと、背の高い若い男性がいた。さっきぼくを追い越していったひとだと思った。

 

「どちらからですか?」

「横浜です」と青年は答えた。

「わたしは平塚です。昨夜泊まった宿で一緒になった人も神奈川から来ている人でした。なんだか神奈川だらけですね」

 

そうしてどの辺りの山によく出掛けるのかと尋ねたら、「丹沢にはよく行きます」ということだったので、さらにどのあたりに行くのかと聞いたら割合と西丹沢が多かっ。

「東丹沢にはヤマビルがいっぱいいますからね」

そうと言うと、やはり被害には遭ったことがあるとのことだった。

 

「ズボンの裾が赤くなっているので何かと思って見たら、奴がいたんですよ。手で払ったら取れたんですけどなかなか血が止まらなくて」

「ふつうは手で払っても取れないのでラッキーでしたね。塩や虫除けスプレーをかけると取れるそうですよ。自分は塩のほうは試したことがありませんが。血を吸うときに固まらない成分を入れるので血がなかなか止まらないのだそうですよ」

 

そうしてヒル退治話の後、ぼくが気に入っているルートの話などをした。そして話の中で、もともとは横浜ではなく茨城の出身だと言うことを聞いた。

 

午後4時頃、夕食の支度のために1階に下りていった。固形燃料なので換気ができるところでないと匂いがきついのである。

 

少しして青年も降りて来て外へ出ていった。

 

小屋前の雨に濡れたヒメシャラ

 

夕食の準備をしているところに男女のカップルが雨を滴らせながらやって来た。準備していたストーブを端にどける。そのとき1階の女性は外に出ていたのでぼくが対応に当たり、ハンガーを持って来て叩きに干すように促す。

 

「今何人くらいいるのですか?」と訊かれたので、

「いまは1階に女性が一人、2階にはわたしともう一人の男性がいます」

「明日の朝、早く出発するのでここにします」と言って二人はザックを一階の奥に入れた。

「近くに水場はありますか?」

「縄文杉の近くまで行かないとないようですよ」

 

話しかけてくるのは夫らしき男性の方で、穏やかな声で聞いたことを奥さんらしき人に伝えている。すると奥さんのほうはなにやら旦那に厳しい声を投げかけていた。それでも旦那は淡々と穏やかに返事をしていた。なるほど、自然とそうなっていくのだな、そうじゃないと喧嘩ばかりすることになる。二人の会話からそんなことを思った。

 

湯を沸かしていると、1階の女性がタバコを吸い終えて戻って来て、近くに座った。そしてぼくの使っている固形燃料を見せて欲しいと言った。ぼくは使っているエスビットのメリットなどを説明した。

 

その後さきほどの二人は水汲みに出かけ、そしてしばらく帰ってこなかった。縄文杉をみているのだろう。

 

そこへ青年が戻って来た。どうやら水汲みにいってきたようだ。女性は青年に向かって言った。

 

「さっき上で話していたのが聞こえたのだけど、茨城出身ですか。私は水戸。どうも話し方がそうじゃないかって思ってたんですよ」

「僕は⚪︎⚪︎(と地名を言う)なので近くですね。普段はあんまり出ないのですが、実家に帰るとやっぱり方言になっちゃいます」

 

それを聞いて、ぼくが長年勤めた職場には茨城出身の人がたくさんいて、方言丸出しの個性的な人が多かったなあと、しみじみと昔のことを思い出していた。

 

そこに20代くらいの若い女性が入って来た。なんだかとても陽気な方である。すると親しそうに青年と言葉を交わしだした。会話の様子から、昨日淀川小屋で一緒だったことが分かる。

 

ぼくがフリーズドライの夕食を食べているうちに青年は2階に戻っていった。夕食を食べ終えるとぼくも2階に上がった。若い女性はレインウェアを脱いで三和土の上に吊るしている。

 

しばらくして若い女性が2階に上がって来て小屋の中の様子を窺っている。

「ここの2階には今二人。この上にも部屋があるよ」

青年はそう言って上を指差す。ぼくも、そうか3階もあったんだとあらためて認識した。

その女の子は好奇心旺盛で梯子に登って3階をのぞいている。

 

この小屋は吹き抜けになっていて、ノッポの壁だけの建物の中に棚のように2階と3階が作られている。2階は1階の真上、3階は三和土の上にある。棚なので部屋を仕切る壁はない。

 

3階に登る梯子は2階に登る階段のすぐ傍にあるので、梯子を登る時は1階まで見下ろせることになる。けっこう高い。

女の子は一旦降りて来て、さらに1階に置いてある荷物を持ってそれを3階に運び出した。どうやら3階に場所を決めたらしい。

 

小屋の周りはヒメシャラが群生している

 

夕食のとき、前の日にペットボトルに入れていた水はすべて使い切ってしまっていた。そこでさっき新高塚小屋で汲んできたエバニューのポリ水筒の水をザックから出してみた。するとけっこう濁っていて細かいゴミも入っている。水場は普段は沢の水だが雨が降ると完全に雨水になっていた。さっき水を汲んできた青年から、縄文杉の水場の水は濁っていないと言うことを聞いたので、明日の朝食のために水汲みに行くことにした。

 

靴はびしょ濡れだったので、小屋のサンダルを借りて出かけた。念の為、ヘッドライトを持って出掛ける。幸い帰りもライトなしで歩くことができる明るさが残っていた。

 

2階に上がると女の子が部屋の真ん中に座っていて青年と話をしていた。仕方がないので二人のお邪魔をする。青年はご飯を炊いていたようで、トランギアの鍋が置いてあった。聞けば母親のものを借りて来たと言う。大型のザックも父親のものだと言う。なかなかのアウトドア家族である。

 

外はもう暗くなっていた。雨の音は静かになっていてこのまま止んでくれるかも知れないと思った。

 

そこへもう一人、ぼくと同年輩の男性が小屋にやって来た。この男性が入ってくるとその女の子が下に降りていった。どうやら連れらしい。

 

男性は足がつったとかで、なんとかと言う薬を持っていないかと皆に聞いていた。最初にいた女性がもっているといってその男性に手渡した。ぼくはそんな薬があることを初めて知った。

 

この男性は全身びしょ濡れで、服の中もザックの中も全て濡れてしまったそうだ。だから3階に落ち着くまでに時間がかかった。

 

しばらくして3階でも夕食の支度を始めた。夕食を終えたのだろう、男性がこちらを見下ろしながら青年に年齢を聞いている。「27です」と青年は答えた。そして連れの女性には彼氏がいないなどと言うことを話している。そして、どうして若い女性と一緒に山に来られるのかと言う説明を始めた。

 

それは二人が同じ山の会の属しているからだそうだ。

「そうでもなけりゃこんな若い女の子と一緒に来られるわけがないですから」

なんだか嬉しそうである。

それからぼくにも話しかけなきゃと気を遣ったのだろう。どこからきたのかと尋ねられた。

「そちらは博多ですか」

そう言うと女の子の方は驚いていたが、男性が

「僕は宗像市です。そっちは福岡。やはり言葉でわかりますか」

 

この男性の荷物は水なしでなんと18キロもあると言うことだった。それじゃ歩くのも大変だ。だから到着が遅かったのか。そんなことを思っていると、青年の方も同じくらいの重量があるとのことだった。しかしこちらのほうは歩くのが早い。

 

青年とは7時に消灯するまで(灯は青年がLEDライトを天井に吊るしてくれていた)いろいろな話をした。

 

この夜、高塚小屋には男性4人、女性3人が泊まることとなった。

 

つづく。

 

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