一時(83年から84年にかけて)、奥多摩によく出かけた。
奥多摩は丹沢とは違い、あまり急峻な渓など険しいところがなく、穏やかで歩きやすい道が多い。
特に御嶽(みたけ)あたりの山は、標高も1000メートル足らずの低山である。
だから、山歩きをしたことがない人を連れていくにはもってこいだ。
そこで8月のある日、知り合ったばかりの女性を連れて奥多摩にやって来た。
8時48分、ぼくらの「みたけ3号」は新宿を出発する
新宿駅を午前8時48分発のみたけ3号に乗り、奥多摩へ向けて出発した。
この電車は臨時列車で御嶽直通なのである。
拝島で青梅線と武蔵五日市線とに分かれていくのだが、どこの車両で別れるのか、御嶽に行くのは前なのか後ろなのかがわからない。
「あれー、こっちでいいのかなあ」と話しかけるでもなくつぶやく。
たいてい山は一人で登るのだが、この日は先輩に紹介された女性と一緒に来ていた。
ともかくいずれ車内放送があるだろう。どうせ切り離されるのは拝島なのでまだまだ先のことだなのだからと、不安ながらも冷静なふりをして座っていた。
電車が動き始めると車内放送があった。集中して聞こうとするが、ちっとも聞き取れない。 国鉄は料金ばかり高くとりやがってサービスも何もかもひど過ぎる。せめて運賃くらい安くしろ などと、こころのなかで悪態をついた。
そんなことを考えているうちに立川駅に停車する。するとその間にふたたび車内放送が行われる。停車しているので今度はどうにか聞き取ることができた。今乗っている車両は御嶽まで行くということがわかりほっとする。
今回目指すのは高水三山といわれている山を歩くハイキングコースである。
高水三山とは、高水山(標高759メートル)、岩茸石山(いわたけいしやま、標高793メートル)、そして惣岳山(標高756メートル)の三山のことで、奥多摩の入門コースと言われている。
この日は、軍畑駅から高水山に登り、岩茸石山、惣岳山を経て御嶽駅に降りてくる予定である。
そのため、われわれは青梅駅で各駅停車に乗り換えて軍畑で下車した。
おばさんに皮肉をいわれる
この日、台風が近づいていた。そのため雨が降っている。台風は明日にも静岡あたりに上陸しそうな気配である。
しかし、いまのところ小降りなので、駅で水筒に水を入れ、菓子などを買ってハイキングに出発した。
おそらく台風のせいだろう。人影は全く見かけない。
沢に沿った舗装路を登っていく。歩く人はいないのだが車が頻繁に通るため、そのたびに脇に避ける。
登山口を見つけられないので頻繁に地図を見た。なんとか見つけて登り始める。しばらく行くと、二人の子供を連れた家族連れが前を歩いていた。途中で追い抜いてわれわれが先に高水山頂上のすこし下にある常福院につく。
ところが寺に着くその寸前に雨脚が強くなってきた。
われわれが寺に入ろうとすると、その前を二人のおばさんが山門を入って行った。寺に入るとそのおばさんたちがこの寺の人と思われる人と何やら話をしている。
「すいませーん。ちょっと昼ご飯を食べたいんですけど」と寺の人らしき人に言うと、
「どうぞ上がってください」と(たぶん本堂の)中に上げてくれた。
するとおばさんの一方いわく、
「ふつうは上になんてあげてくれないのよ。いつも来ているあたしたちだってめったにあげてくれないんだから」。
内心「このやろー」と思いながら、「ああ、そうなんですか。それじゃ、運が良かったんですね」と微笑んで言ったが、少々ひきつっていたかもしれない。
上がらせてもらって少しするとお茶まで出してくれた。そのお茶を飲みながらおにぎりを食べる。
一時的に雨が止んだ
外を見れば雨は激しく降っている。
われわれに続き、さっき追い抜いた家族連れがやって来て、隣で昼食を食べ始めた。
しばらくしてその家族のお母さんが、どうするのかと訊いてきた。これからのことである。
「下りようと思います」と答えると
「やっぱり下りた方がいいですかねぇ」といって考えている。
するとさっきのおばさんたちが、これまで登った山の自慢話を始め、最後に
「だからこんな雨なんて、あたしたちにしたらぜんぜん大したことないわ」とおっしゃった。
そうこうしているうちになんと雨が上がってしまう。こうして話に決着がつき、みな立ち上がった。
われわれも寺を出て、まずは高水山に登る。岩茸石山は頂上を巻いて(パスして)、惣岳山へ向かう。
登山道はよく整備され、広くて歩きやすい。まさに家族向けのおすすめコースである。
惣岳山を降り始めた頃から、ふたたび本格的に降り出した。われわれが惣岳山で休んでいるとき、家族連れが先に進んでいったのだが、御嶽駅の近くで追いつく。どうやらさんざん苦労し奮闘したらしく、みな泥まみれになっていた。
御嶽駅に着くと、ちょうど運良く新宿行きの直通電車がやってきた。
まとめ
やっぱり台風が来ているときにハイキングにいくのはやめた方がいい。
幸いわれわれは泥まみれにはならなかったが、もしそうなったら「二度と行きたくない!」となっていた可能性が高いだろう。
それにしてもあのときのおばさんたちの皮肉にはムカついてしまう。こうやっていま思い出してもである。どうしてわざわざああいうトゲのあることを言わなきゃいけないんだろう。
いやいや、きっと皮肉を言っているなんて思っていないのだろう。
なお、新宿に出たあとはいっしょに飲みにいき、それからしばらくお付き合いさせていただきました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
では、このへんで
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