昔は出張が終わればフリーで、自由に旅行ができた。
若い頃はお金がないので出張した時は周辺を回って帰ることにしていた。
金沢で仕事が終わり、さて、どうしようかと考えた時、急に山に登りたくなった。
それは近くに立山があったせいだ。
アルペンルートもまだ通ったことがない。これらを満喫しようと考えた。
立山に登りたい
1984年9月18日(火)から20日(木)まで大阪と金沢へ出張した。
20日に金沢での仕事が終わるとフリーである。
とりあえず、数年前に友人と遊びに来た富山に泊まることにした。富山に向かう列車の中で、翌日からの行動を考えていた。
そのとき急に山に登りたくなる。
富山駅に着くとすぐ、山小屋を調べて電話をかけ、明日の天気と宿泊できるかを訊いてみた。
返事はどちらもオーケーだった。仕事の準備しかして来ていないため、富山の懐かしい駅前通りを歩いて簡易雨具と食料を買いにでかける。
登りたいのは立山である。観光案内所のパンフレットに地図が載っていたのでそれを用意した。
富山の宿は当時営業していた、職場の保養所を利用する。保養所への貢献と見学の意味を込めてのことである。
翌朝、富山地方鉄道の富山駅を6時20分に出発する立山行き急行に乗る。車中でパンとオレンジジュースの朝食をとった。
立山へ
7時10分、立山駅に到着。そのあとケーブルカー(7分)、バス(55分)を乗り継いで8時35分に室堂に着く。
室堂へ着くととても寒い。あまり寒いので登山するのをやめようかと思ったくらいだ。ところが表に出てみると最高の天気で太陽が暖かい。本当に素晴らしく晴れ渡り、ここ室堂平を取り囲む山々が全て見渡せる。これで元気百倍だ。
飲み物を買って9時に室堂ターミナルを歩きはじめる。
室堂平は火山の溶岩が流れ出してできた台地で、室堂ターミナル近くにあるミクリガ池は火山湖だ。だから周りは岩だらけで、立山も岩だらけの山である。
立山三山
今回登る予定の立山三山とは、雄山(おやま)、大汝山(おおなんじやま)、別山で、他の山で三山とすることもある。
そういえば、出張のついでに登るのにどんな格好をしていたのかというと、さすがにスーツではなかったが、たしかブレザーとチノパンだったように思う。靴はQUODDYのモカシンでソールがビムラムの柔らかいタイプ、飴色の合成ゴムだった(これはよく覚えている)。バッグはショルダーバッグだったと思う。
そんな格好で山に登る人はいないだろう。実際周りにそんな格好の人はいなかった。ただ、このとき履いていた靴は岩場を歩くのには最適で、滑らず、ある程度のクッションがあって快適に歩くことができた。
まずは一の越を目指す。一の越は雄山と浄土山のとなりの龍王岳を結ぶ稜線の窪み(鞍部)にあり、違いはよくわからないが、街道ならば峠と呼ばれるような場所である。
ともかく歩いていて周りが全てが見えている。歩いて行くと次第に一の越も雄山も大きくなっていく。ただ、浄土山は手前にあるため、大きさはあまり変わらない。
9時45分、一の越に到着、ここから龍王岳を通って浄土山を往復する。10時25分に浄土山、そして11時に再び一の越に戻って来た。
こんどは反対側の雄山へ登る。岩がゴロゴロしているので落石に注意しながら急な坂道を登って行く。この道を行く登山客は多く、前の人に続いて少しずつ高度を上げて行く。
11時半、雄山に登頂した。信仰の山らしく頂上に神社があり、標高3,003メートルの山の上にさらに石を積んで高くなったところに祠がある。当然、みな高いところがあれば登りたくなる。その祠の前で登山の無事をお祈りする。
この山頂で昼食を食べることにして、30分ほど休憩した。次に目指すは隣の大汝山、標高3,015メートルの山である。
標高は高いのだが、雄山からだとそれほどの高低差はなく、20分ほどで山頂に到着する。続いて10分で富士の折立(標高2,999 メートル)だ。そして標高2,861メートルの真砂山には30分、そこから1時間歩いて、別山には午後2時に着いた。別山の標高は2,880メートルである。
こうして眼下に室堂平を眺めながら天空のルートを快適に進んだ。
剱に向かって
別山からは別山乗越へ行く。そこから剱岳に向かっていき、劔御前を通って一服劔まで行った。
こうやって剱岳に向かっていると、剱岳が恋しくなってくる。せめて剱岳を間近に見たい。
しかしここまでで時間切れである。午後3時30分だった。ここから今日泊まる別山乗越まで引き返すことにする。
同じ道を通るのもつまらないので、劔沢の標高2,450メートル付近にある劔沢小屋まで下り、劔御前小屋のある2,750メートルまで登り返す。
そうやって別山乗越にある劔御前小屋にたどり着いたのは午後4時半頃だった。
ここまで結構な距離を歩いたが、身軽だったためとても楽で調子よく歩くことができた。
残念ながら時間的に劔岳を間近にみることができるという前劔までは行けなかった。しかしまあ、本格的な登山準備をして来ていないこともあり、無理をしてもしょうがない。 少なくとも一服劔まで行くことができたのは天気が良かったおかげである。
ただ、今度は剱岳に登りたいと思った。
今回のまとめ
我ながらよく歩けたものだと感心している。
若いってすごいね。
ただ、3,000メートルを越える山々を制覇したいということが目的で、残念ながら山を楽しんでいるように感じられない。
実際にはその時に感じる範囲内で楽しんではいるのだけれど、あれが出来た、これが出来たということに喜びを感じている。
おそらく僕だけではなく、若い頃は多くの人がそうなんだと思う。だから厳しい山のピークを目指して登ることができる。
そうして体力が落ちてペースが遅くなると、こんどはそれに合わせた楽しみ方が自然と生まれてくるものである。
それはゆっくり歩けば脇見ができるからだ。するといろいろな発見がある。
だから、同じ山を登っても登る年代によって違った楽しみ方ができるのではないだろうか。
では、このへんで(次回に続く)
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