4月上旬、骨折時にはめたプレート除去手術を行った。
チタン製の軽いものなので、ちょっぴりしか軽くなっていないけれど、気持ちがとても軽くなった。
令和になってから三度の骨折と六回の手術。同じ病院で担当医は変わったけれど、手術はすべて同じ医師が担当してくれた。
さて、日本百名山の残りに再挑戦だ。

今回の骨折の振り返り
昨年2025年の2月13日、パソコンボランティアに自転車で向かう途中で電柱に激突した。
電柱したから伸びているコードを覆う蛇腹パイプにタイヤがとられて真正面から電柱に頭から突っ込んでしまった。
幸いヘルメットをしていたので頭は無傷。続いて肩で電柱を受け止めた。このとき鎖骨と肩甲骨の烏口突起というところを骨折。さらにハンドルと電柱に指が挟まれたようで、左手小指を骨折。薬指には結婚指輪をしていたが、それがひしゃげ、搬送先の女医さんが糸を巻きつけて必死で外してくれた。あとから、その先生は新婚ほやほやだと看護師が教えてくれた。
レントゲンを撮り、応急処置をしてもらい、ひとまず帰宅することになった。立ちあがろうとするが、尻あたりを打ったらしく、立ち上がることができず、車椅子を借りた。
帰るまえに警察から事情聴取。警察からは、電柱に損傷はないのでとくに賠償ということにはならないだろうと告げられる。事故証明が必要な場合はここに連絡してほしいと名刺大の紙を渡された。
その翌日、何度もお世話になっている病院を受診。
詳しくはこちら
もやもやした1年
入院中なんとか歩けるようになったが、しばらく尻のあたりの痛みは続いた。
そして、なんとか早く山に登れるようにと必死でリハビリに励んだ。尻の痛みが消えた後は、足腰が弱らないようにスクワットを行った。
肩の可動範囲が元にもどり、傷も癒えると軽いハイキングに出かけた。
ところがである。
鎖骨の上に金属が乗っかり、特に外側がつんと出っ張っているため、ザックを背負うとそこが擦れて痛みが走るのである。
また、ときどき電気が走るようにピリッと痛みが走る時がある。
こうしたことがあって、昨年は山に登ることを諦めた。気持ちが萎えてしまったのである。するともうスクワットをする気も起きなかった。
プレート除去手術
プレートによる骨接合手術では両手が使えず、さらに痛みも酷くて苦しかったが、今回のプレート除去ではそれほど痛みはなかった。
プレートの除去手術は、前々から早くしてほしいと担当医にお願いしていたが、なんと4月に異動するので、年度内の手術ができないという。
それでもなんとか早く手術してもらえることはできないかと喰い下がり、年度内に担当医を変更してもらうことになった。担当してくれたのは、これまですべての手術に立ち会ってくれた医師だ。そうして4月上旬に手術日が決定した。
その先生から告げられたのは、「肩甲骨の烏口突起のネジは少し太くて骨とがっちり結合しているかもしれません。その場合は抜けないことがあるので了承していただきます。」
さらに、「前に抜こうとして、途中まで抜けたところで動かなくなってしまい、そこでネジの頭を切断して閉じたことがあります。」とのことだった。
想像すると、切断した先が肉を削いでいるところが目に浮かんだ。「動かないようだったらそのままでいいです。」と答えていた。
手術室に入り、マスクの上から酸素マスクが掛けられた。「眠くなる薬をいれますよ」と声をかけられる。強く深呼吸をするとほんの少し胸が苦しく感じられたので、小さい深呼吸に変えたら楽になった。
意識が戻ったのは、手術が「終わりましたよ」の声だった。
気になっていた烏口突起のネジはどうだったかと聞こうとしたら、「肩甲骨のネジもすべて抜けましたよ」と教えてくれた。
やったー! 思わず口に出た。まさに身も心も軽くなったような気がした。

上の写真が除去されたプレートで、鎖骨を挟み込んでいた爪が二本折れている。長いネジが烏口突起を止めていたネジで、ここが引っ張られないように、リハビリではしばらく可動域の制限があった。1年間ありがとう。
そして昨日、無事に抜糸とあいなった。
最後に
思い返せば酷い怪我だった。
だが、外傷はなく骨折だけで済んだのは幸いだった。
もし、ヘルメットをつけていなかったらもちろん頭蓋骨は折れていただろう。
あの世に逝っていてもおかしくない。生きていても後遺症が残っていただろう。
ヘルメットを被っていて本当に良かった。
前回の階段ダイブのときもヘルメットに救われた。あのときはヘルメット上部に少し凹んだ箇所があった。今回は完全にヒビが入っていた。
さて、もう骨折などのけがをしないように気をつけながら、自転車もまた少しずつ乗っていこう。
そして、日本百名山の残りを一座ずつ制覇して行くこととしよう!
では、このへんで