5月最後の土日、2週間前に達成できなかった百名山の登頂の轍を踏まないように、下調べをしてから駒ヶ根市に向かった。
そこから目指すのは木曽駒ヶ岳。
有名な千畳敷カールを横切って登るやつだ。
もう雪山は終わりだと思って道具をしまってしまったけれど、もう一度ピッケルとアイゼンを引っ張り出した。
気温は高そうなので冬靴やハードシェルは置いていくことにした。
前日に麓のキャンプ場に宿泊し、翌朝から登ってその日のうちに帰るという行程。
もちろんスーパーカブで移動。
スーパーカブ、新品のタイヤでいざ出発
スーパーカブに乗り始めて2年半、初めてタイヤを交換した。交換後、初の遠乗りである。
目指すは駒ヶ根市のキャンプ場。途中、宮ヶ瀬湖周辺で国際自転車ロードレースが開催されていて、だいぶ遠回りをさせられた。
昼食は甲府を過ぎたあたりにある「のんちゃん」の定食。メインを1つ選び、サイドメニューを3つ選ぶ。3度目の来店だ。
茅野から左に折れて、山の中に入っていく。後ろから車がついてくるので一定速度を保とうと、フルスロットルで頑張った。
3度目の伊那谷。ここは何度来ても美しいと感じる。走っていて気持ち良い道が続く。
キャンプ場は閑散としていた。キャンプブームが去ったからだろうか?
フリーテントサイトはぼく一人だということで、好きな場所に張って良いという。駐車場の隣のサイトを選び、スーパーカブを停めたすぐ脇にテントを張った。テントを張ってからキャンプ場周辺を散歩する。
すぐ側を流れる川の向こうにウイスキー工場があった。
どこのウイスキーメーカーだろう?
それは翌日、ロープウェイ乗り場に行って分かった。売店にそのウイスキーメーカーのコーナーがあったからだ。
その名はマルスウイスキー。
まだ飲んだことはないけれど聞いたことはある。
続いてキャンプ場の奥にいくと、ツリーハウスと書かれた案内板があった。
どんなツリーハウスなのかと興味が湧く。
近づいていくとなにやらヘルメットを被った男たちが木にロープをかけたりしていて、それを片付けているところだった。
みな若い人ばかり。そのなかの40代くらいの人がチーフらしい。
「剪定ですか。いや、枝打ちですか?」と尋ねると、
「ええ、研修を兼ねてやりました」とのことだった。
テントに戻ると近くの温泉までバイクを飛ばす。途中に明日乗るバスの発着所があり、ちょうどいい下見となった。そしてキャンプ場の受付で温泉の割引券を頂いていたので50円引きの650円で入浴できた。
テントに戻ると家から持ってきた麦焼酎でひとり酒盛り。
炊事場近くのテーブルでは10数人が集まって酒盛りをしていた。この日、キャンプ場を利用したのはこの団体1組とぼくだけだったようだ。
いつもこのくらい空いていると利用する側はいつでも利用できてありがたいのだが、経営の方が心配になる。なるべくずっと営業していてもらいたいものだ。
いよいよ木曽駒ヶ岳をめざす
翌朝7時5分にキャンプ場を出発。菅の台バスターミナルには5分で到着。すると駐車場の管理人がやってきて駐車料金を集めに来た。料金の200円を払うと領収書をくれた。そして、「15分にバスが出ますよ」と教えてくれた。
30分ほどバスに揺られ、しらび平駅に着く。ロープウェイは8時発で、5分前に改札が始まった。チケットはバスとセットでオンラインで購入していたので楽だった。
ロープウェイが動き出すとあっという間に駅が小さくなっていく。意外に早い。録音された案内によると時速25キロ程だという。
千畳敷駅に8時10頃到着。ここでトイレに行ったり、シャツを1枚脱いだりスパッツ、アイゼンを取り付けたりして8時40分に千畳敷カールの雪渓に足を踏み入れた。
9時10分頃八丁坂に差し掛かる。そして5分後、上で何か物音がした。見上げると頭二つ分位の石が転がり出した(もう少し大きかったかもしれない)。そこには誰も人はいなかった。雪が解けて転がり出したのだろうか。
そんなことが一瞬頭をよぎる。しかし目はその大きな岩を凝視していた。
それはちょうどこれから登るルート上を転がり始めた。
危ない!
危険を感じて左に避ける。しかし気をつけないと滑落する恐れがある。
大きな岩は躱わしたが、細かな石は当たってもやむを得ないと思いながら体をできるだけ捻って顔には当たらないようにした。今回ヘルメットを忘れてきたことが悔やまれた。
幸い一つも当たらず落ちて行った。
下を見ると、登攀ルートの脇で休んでいる夫婦連れと、もうすぐ八丁坂の急登に入ろうとしているところに男性が一人歩いていた。岩は転がりながら小さな破片をばら撒いていく。
まずい。石が落下するコース上にいる。あわてて大声で叫ぶ。
「ラクー、ラク、ラクー。ラク、ラク、ラクー」
3人とも落石に気がついた。
休憩中の二人はコースが少しずれていたので大丈夫そうだった。
問題はその下の男性の方だ。
その男性は立ち止まって岩を見ているようだった。おそらく避ける方向を判断しようとしているのだろう。
見ていると岩は二つから三つくらいに割れて行った。おかげでコースから外れ、男性はそのままの位置で難を逃れることができた。
八丁坂を登り切ると稜線に出る。そこは乗越浄土という名前がついている。稜線に出ると風が出てきた。
右に向かう稜線は伊那前岳に続いている。以前ここで遭難があった。あれは雪のシーズンだったが、風に飛ばされてひとり亡くなっている。
目指すのは反対側。進行方向には小屋が見えた。宝剣山荘だ。
山荘の手前はまだ少し雪が残っていた。宝剣山荘には9:18到着。ここでアイゼンを外す。この先雪はなさそうだ。
天狗荘の横を通っていくと強い風が稜線を吹き渡っている。ここで山と道のオンリーフードを被った。これを被っただけで体感温度が1、2度上がったように感じる。その上なぜか守られているような安心感も感じてしまう。すごい効果である。
中間にある中岳に9時38分登頂。ここは標高2925メートル。岩だらけの山だ。ここから一旦下り、頂上山荘のテント場脇を通過。山荘は右手の少し先に見える。
駒ヶ岳の案内標識の近くで休憩する。あとはそれほど斜度がないところを登っていけば駒ヶ岳山頂だ。ここで軽くパンを食べてエネルギーを補給し、9時53分に登り始める。
そして10時7分、駒ヶ岳山頂に到頂。ここで記念撮影をしようと、ザックの横ポケットに入れた自撮り棒ゴソゴソと探していたら、休憩していた男性二人連れのうちの一人が寄ってきて、
「撮りましょうか? 一人じゃ大変でしょ」
と言ってくれたのでスマホを手渡して撮ってもらった。
山頂の駒ヶ岳神社に参詣し、神社脇の風が避けられる場所で昼食にした。だが、風が強くて固形燃料になかなか火がつかない。ライターの火がすぐに消えてしまうし、固形燃料にもすぐに火がつかないためだ。
おそらく10分くらいは格闘していたと思う。予備のライターに変えたら多少火が長持ちした。それでなんとか着火。ようやくお湯が沸かせた。
周りの景色を眺めると、遠くの山頂は雲がかかっていた。その雲の上に山頂が突き出している山が目についた。調べると乗鞍岳だった。
たっぷり休憩をとり、11時ちょっと過ぎに下山を開始する。山頂で見かけたのは4、5人。休日なのに登山者が少ない。
来た道を戻り、11時20分頃中岳を通過。ところがぐるっと回ってまた同じ場所に。ルートを誤ったようだ。ロープの右側を歩いて行ったのだが、そこは左側が正解だった。
11時半少し前に宝剣山荘まで戻ってくる。さて、時間も早いので宝剣岳に挑戦してみようか。まあ、行けるところまで行ってみよう。そう思って宝剣岳に向かった。
宝剣岳は鎖場が連続し、落ちたら終わりという危険な箇所もあるという上級者向けの山なのである。でもここは上りも下りも標準コースタイムが25分と距離は短い。
行ってみると、岩だらけのいわゆる岩峰というやつで、ところどころに雪が残っていた。それでもアイゼンなしで歩いていけた。するとひとりの男性が上の男性となにやら声を掛け合っている。見ると緑のロープを抱えていた。どうやら新しいロープを張る作業をしているようだった。
そう、鎖場だけでなく緑のナイロンロープも登山を助けてくれていた。こうした地道な作業に心の中で感謝する。
ほぼ中間点あたりから本格的な岩登りが始まる。すると上から降りてくる人がいたので、「どうぞ」といってその人が降りてくるまで待っていた。降りてくるといきなり、
「ここは何度か登ってますか?」と訊かれた。
「いえ、初めてです」と答えると、
「わたしは怖いので途中で引き返してきたところです」とのこと。
「まあ、行ってみます」といって登っていく。少し登ってみてその人が怖くなって引き返したのはここだなという場所にきた。そこは谷に向かって切れ落ちていて、そこをトラバース気味に斜めに登っていくように鎖が取り付けられていた。
冬季では相当難しいなと感じながら、この難所をなんとか登りきる。そこから大きな岩をぐるっと左にまわっていくとそこが山頂だった。山頂標識はなく小さな祠があるだけだった。そこから駒ヶ岳を見ようとしたが、ガスが出てきていてその姿は拝めなかった。
12時3分、宝剣山荘の分岐まで戻ってくる。往復30分のスリルを感じる山旅だった。
乗越浄土からいよいよ八丁坂の急坂を下る。今朝落石のあった場所でもあり、滑落が多発する危険な箇所である。ピッケルを刺して二歩進み、ふたたびピッケルを刺してという具合にして進んだ。
雪山登山教室で、アイゼンはできるだけ斜面と平行に置いた方が滑りづらいと習ったが、この坂は急すぎてそれはできなかった。そこで片足は少し斜めにし、もう片方を斜面と平行に足を置いた。このとき腰を屈めて体を斜めに向け続けていたので腰が辛かった。時々体を入れ替えたりして、休み休み下って行った。
滑落の心配がないところまで戻って来ると、そこでようやく緊張がほどけた。
最後に
12時40分、こうして千畳敷駅まで戻ってきた。アイゼンやスパッツを外していると、「ロープウェイの次の出発は1時です」とのアナウンスが聞こえた。出発まであと5分。急いで駅舎に入り、トイレを済ませてゴンドラに乗り込んだ。
上はガスって何も見えなかったが、少し下ると視界がひらけた。左下に細長く滝が続いているのが見えた。細かい滝の連続が優雅でスケールの大きい滝だった。あとで地図を見たら「日暮の滝」という名前がついていた。
しらび平駅に到着すると、ゴンドラの中で宣伝があった地元の日本酒『Sen』をお土産に買った。
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