Hakuto-日記

定年後を楽しく、生きたい人生を生きる!

小名木善行さんはYouTubeでみたままだった 【参政党タウンミーティングin横浜】

 

今週の日曜日。参政党のタウンミーティングに参加してきた。

今回の講師は国史啓蒙家の小名木善行氏である。

国史啓蒙家という聞きなれない肩書きを名乗っている。

単に日本の歴史を知るということではなく、日本の正しい歴史を知って日本を見直そうというのである。

小名木氏は現在参政党のアドバイザーである。

その小名木氏、参政党員顔負けの参政党応援団長であった。

 

タウンミーティング in 横浜

2023年1月22日(日)、14時から横浜駅に近い神奈川けんみんセンターで小名木善行氏の講演が行われた。

260名収容できる会場は満席になった。

小名木氏の講演は90分。その後30分間質疑応答の時間が設けられた。

最後に横浜市の行政の問題(テーマパークの設立)について3人の男性(市議の候補者?)が漫才形式で面白おかしく説明してくれた。

話を聞いてみると、市民にはあまり知られないように計画を推進し、決定してから市民の声(パブリックコメント)を聞くという行政が行ういつものパターンだ。

反対運動が大きくなってマスコミに取り上げられて、そのマスコミが騒ぎ出さない限り「はい、市民の声は聞きました」という流れになるのだろう。

 

それはともかく、小名木氏の講演で印象に残ったことを簡単にまとめてみたい。

 

 

歴史を学ぶということ

歴史を学ぶということはどういうことか。

まず、社会科として学ぶこと。

これは、事実を学ぶことにより、同じ社会で生きる上で共通の認識をもつことができる。

つまり、ぼくの考えでは家族以外の人とも共通の認識をもつことにより、家族以外の人とも共通の話題でコミュニケーションが計れるということにつながると言うことなのだと思う。

 

そして、歴史学というものがある。

これは、事実を時系列で理解することだと言う。

起こった出来事を時間軸で並べてそれを理解するという意味だと捉えた。

 

最後に、単に歴史を学ぶということについて述べられていた。

それは、こうして知った歴史を現代社会にどう活かしていくかということだったと思う。

 

これまでの小名木氏の主張から考えると、その当時の人が生きている社会情勢の中で人が何を考えてどう行動したのかということを理解することではないかと思う。

 

とくに日本の歴史においては、その当時の人が日本という国を後世に引き継ぐために努力し、行動した結果があり、それをある意図を持って記録したのが歴史であると解釈している。

 

 

調和と融合

https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kyodo-manabi/library/shiru/sakoku/kaei/kaikoku/picture6/e-112.images/0005_20180820.jpg

(出典;横浜市

 

横浜の昔の写真がスクリーンに映し出された。

浜辺で丁髷を結った二人がしゃがんで話しをしている。その向こうでは男が釣り糸を垂れている。入江の向こう側に民家が2、3軒見える。長閑な風景だ。

 

昔の横浜は名もない村であったが、ペリー艦隊の来航(1854年2月の再来航)により

港として開かれることになった。

 

こうして現在のような大きな都市として発展してきたわけであるが、それは調和と融合を行なってきた結果であるという。

 

調和と融合とは何か。

 

それは古いものと新しいものとの調和であり融合であるという。

 

横浜には古いものがあちこちに残されている。

それに新しいものを加えて発展してきたのが横浜である。

 

新しいものだけということは古いものを否定して全て無くすということであり、古いものだけでは発展がないという。

 

古いものを大切にして新しいものを取り入れていく。

そう書いていて思い浮かんだのは「温故知新」ということばだ。

 

歴史を学ぶとは、温故知新のとことをいうのではないだろうか。

 

※「温故知新」とは(広辞苑第7版より)

[論語(為政)「故(ふる)きを温(たず)ね新しきを知る、以って師と為(な)る可し」](古い事柄も新しい物事もよく知っていて初めて人の師となるにふさわしい意)昔の物事を研究し吟味して、そこから新しい知識や見解を得ること。ふるきをたずねて新しきを知る。

 

 

日本の「論う(あげつらう)」と西洋のディベート

 

聖徳太子の十七条憲法。

「和をもって貴しとなす」という第一条は多くの人が習って知っているとおもう。

学校で習うのは「和」が大切であるということ。

だが、この十七条憲法で繰り返し述べられているのが「論う」ということである。

 

「論う」を広辞苑(第7版)で調べると、「物事の理非をあれこれと言いたてる。とやかく論ずる。」とある。

 

しかし、小名木氏がいうには、面(つら)をあげて論ずることだそうだ。

身分の低いものは身分の高いものに対し、普段は面を下げているが、話し合いをするときは顔を上げて、身分の隔てなく話し合いをするのだそうだ。

 

同憲法の十七条にもう一度「論う」という言葉が出てくる。それも二度。

そこには、「大事なことは一人で決めてはならぬ。かならずみんなで話し合いをしてきめなさい。そうすれば理にかなった方法が見出せる」ということが書かれている。

 

以上が「論う」ということである。

 

これに対し、西洋ではディベートという言葉がある。

 

小名木氏は、参政党の演説に対するある政党の妨害行為について話をされた。

その政党は「討論」しろと拡声器で騒いでいる。

 

討論とは、ジーニアス和英辞典を引くと「公的な場での賛否両面からの議論 debate」とある。

 

また、「種々の意見を出しての話し合い discusion」とある。

 

どうやら、妨害者がまくし立てて要求しているのはディベートのようである。

 

小名木氏によれば、ディベートとはある問題について賛成側と反対側とに分かれて意見を戦わせ、勝敗を決めることだという。

 

このディベートのルールでは、相手への個人攻撃をすればその時点で負けだという。

「おまえのかーちゃん出べそ」といってはならないのである。

 

すでに勝敗は決していると言えそうだ。

 

 

最後に

小名木先生、元気である。

 

扇子を持って講談師のようでもあり、落語家のようにひとりで何役もこなしたり、歌舞伎調になったりもする。

 

数年前から頭はつるつるで、体格も良く、まるでお坊さんのように見える。

 

そして、例のイチ、ニイ、サンセイトウの掛け声を威勢よく初っ端からやった。

今回、家内を初めて連れて行ったのだが、このイチ、ニイを全部で4回もやらされて嫌がっていた。

 

参政党員でもなく、参政党の演説も聞きに行ったことがないものが、威勢よくイチ、ニイとやられたらびっくりするだろう。

 

やりすぎると変な宗教団体だと思われるのではないかと心配にもなる。

 

最後に1回というのが適当ではないでしょうか、小名木先生(先生の掛け声は2回だけど)

 

けれど、たいへん熱い小名木先生の講演でした。

 

では、このへんで

 

 

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