Hakuto-日記

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槍の穂先は霧の中 【槍ヶ岳登山 その4】

この景色が見られたのは一瞬

いよいよ槍の穂先に取り付く。

ガスに包まれて周りは何も見えない。

晴れていたら高度感で足がすくむのか。

それとも見えない方がより高度感を感じてしまうのか。

いづれにしても心の中の恐怖感との戦いが始まる。

 

風と霧の槍

一瞬ガスが切れた

これまで全く風を感じなかったが、槍ヶ岳山荘直下から登るにつれて風が出てきた。8時30分、大天井岳と槍ヶ岳山荘との槍ヶ岳分岐まで来るとかなり強い風が吹いている。ここからはストックが邪魔になると思い、畳んでザックの外に留める。

 

穂先への取り付きの稜線に出るともろに風が体に当たる。よろめいてしまいそうなので背筋を伸ばすことができない。身をかがめ飛ばされないようにする。

 

ここまではさほど難しいところもなく登ってきたが、槍の穂先の取り付きに達すると急峻な岩壁でまさに岩登りになる。

 

とうとうここまで来た。胸が高鳴る。緊張感も半端ない。そして穂先の岩に手を掛ける。

 

以前、スマホ講座に参加した方の中に日本百名山を制覇したご婦人がいた。その方に槍ヶ岳のことを聞いたらそれほど大変ではなかったと言われた。それよりもっと怖いところがあるのだという。

 

それを聞いて安心していたが、とんでもない。霧で見えない谷底から噴き上げてくる風を受けていると、ここから落ちたら一気に3000mを落下してしまうのではないかという妄想に取り憑かれて恐怖が体の中を走る。


こんなところをツアーに参加してくるご老人たちがよくもまあ登ってきたものだと、先程すれ違ったツアー客を思い出しながら思った。

 

登り始めると恐怖のあまりへっぴり腰になっているのが自分でも分かった。そして少し登ったところですごい恐怖感に襲われた。このまま恐怖感に取り憑かれてしまっては登ることも降りることもできなくなってしまう。

 

おそらくこれまでにもそんな思いに取り憑かれて動けなくなった人もいたのではないか。「岩にへばり付くな」そう言って自分を奮い立たせる。呼吸を整え、目の前の岩、岩に打ち付けた杭やボルトに集中する。<落ちたら>と考えるのではなくて、落ちないためにはどうすれば良いのかを考える。

 

登山ルートには白い矢印がマーキングされていて、基本上りと下りでルートが異なる。矢印に従って目の前の岩を一歩ずつクリアしていくと下ってくる人が見えた。そこは上りと下りとが重なる部分で、二言三言言葉を交わす。

 

「こんにちは、頂上まではあとどのくらいですか」

「もう後ちょっとです。梯子を登れば頂上ですよ」

「ありがとうございます。ガスはどうでしたか」

「頂上はダメでしたね、写真だけ撮ってすぐに降りてきました」

 

その人はザックを背負っていなかったので「わたしもザックを置いて来ればよかった。かなり急ですね」と言うと

「登りより下りの方が怖くないです」とのことだった。

 

そこから少し登ると最後の梯子が見えた。ここまで幾つかの長い梯子を乗り越えたが、上に到達して抜け出す時が特に怖い。

 

9時5分、最後の長い梯子を乗り越えて頂上に到達。狭い頂上のさらに細くなった廊下の向こうに祠が見える。風で飛ばされないように身をかがめながらそこまで行くと、祠の前に「槍ヶ岳」と書かれた板が置かれていた。

 

祠まで行くのも怖い

 

槍山頂は霧の中

 

下山用の梯子が見える

5分ほどいてすぐに下山する。上りで慣れたせいか下りでは恐怖感に襲われることはなかった。ただ、霧のためメガネが曇って吹いてもすぐに前が見えなくなるのには閉口する。仕方なしにメガネを外して下山。

 

霧でメガネが曇る(写真は分岐の下で)

9時40分、分岐まで降りてきた。頂上の滞在を含め1時間10分、自分の中にある恐怖感との戦いは終わった。渋滞していなくてよかったけれど、孤独なのもちょっぴり辛いと感じた。

 

なお、必死だったので途中は写真を撮ることができなかった。

 

 

充実感を感じながらの下山

登ってくる時の穏やかな天気とは違って下りは風が吹いてさらに霧が深くなってきていた。

 

登りで通った道を確認しながらゆっくり降りる。

 

霧はだいぶ下の方まで広がってきていたが、水沢のあたりまで下ると少し明るくなった。

 

水沢のあたりから

周りの景色は見えなかったけれど念願の槍を登ってきた充実感を噛み締めながら、そして高山植物の花々を楽しみながらのんびり下山する。

 

けれど、家に帰るまでは十分に気をつけていこうと気持ちを引き締めた。

 

12時40分、ババ平に戻るとテントは僕の以外は一つ残らず無くなっていた。

まずはトイレに向かう。今朝出かける時に行ったきりなので8時間も経っている。

誰もいなくなったので、テントを岩室の陰の風が避けられる場所に移動した。

 

この場所が最高と思われたが

 

それから昼食を食べコーヒーを飲んでいると、年配の女性が現れて声をかけてきた。

 

「もう登られました?」

「さっき登ってきて戻ってきたところです。ただ霧で何も見えませんでしたけど」

「ニッコウキスゲは咲いてましたか?」 

「ええ、歩いていると脇にポツポツと咲いていましたよ」

 

すると後からご主人がやってきた。

「私たちは槍沢ロッジに泊まるんです。これから上まで行ってきます」

そう言って二人は去っていった。

 

その後2時間ほど昼寝をする。

目が覚めると夕方になっている。少し寝たので気持ちが良い。

 

それからちょっとテント場を歩いてみた。よく見てみると岩室のある広くなったところの下の方にも2張りくらい貼れるスペースがあった。

 

さらにそこから槍沢に降りる道がある。下まで行って沢の水を触ってみた。冷たい。正面には東鎌尾根の岩山が屏風のように立ちはだかっている。

 

屏風のような東鎌尾根

上のテント場に戻るとなんとブユがまとわりついてくる。刺されては大変と手で振り払う。

 

そろそろ夕食にしようとテントに入ると5分もしないうちに雨が降り出す。しかしすぐに止む。

歯を磨いて寝る準備。横になってスマホを見ていたら再び雨。しかしこれもすぐに止んだ。

寝入ってから雨の音で目が覚める。今度は止まなかった。

 

一晩中雨がテントに当たる音が響き、これに風でテントが内側に押される。不思議なものでずっと雨音を聞いていたら明け方になって少し眠ることができた。

こうして4時に起きるつもりがせっかく眠れたのだからとあと1時間うとうとした。

 

朝になっても雨脚は弱まらない。いや、ますます強くなっているようにも感じる。

 

朝食を作ろうとテントの出入り口を開けると、なんとテントが水浸しになっていた。床を押すと水に浮いているのがわかる。


昨日、ここを選ぶ時に砂があって水捌けが良いだろうと思っていたがとんでもなかった。食事を終えてずぶ濡れのテントを撤収してみたら、ちょうどぼくのテントを張った場所だけが少し窪んでいて、なんとそこだけが水溜りになっていた。

 

他の場所も水捌けは良くないため多少水たまりになっているところはあったが、一番ぼくのところがひどかった。

 

 

ババ平から上高地

雨の槍沢

7月19日朝7時10分、ババ平から下山開始。槍ヶ岳ロッジを7時30分通過、  二ノ俣を8時、 一ノ俣は8時5分に通過。

 

この時点でレインウェアの袖の中から水が流れ落ちるようになっていた。

40年前のモンベルストームクルーザーを今回シームテープを目止め材で補修し、撥水スプレーをかけてきたが、生地の裏側から浸水してきていた。

 

ゴアテックス自体が劣化してしまっているようだ。

しばらくすると、ストックをもってV時になった肘のところに水が溜まるので、ときどき腕を伸ばして水を排出する。そんなことを繰り返しながら下っていった。

 

道はすでに川になっていて浅瀬の中を歩いていく。その隣では、槍沢が激流となって音を立てている。登る時の穏やかな槍沢とは様変わりしていた。

 

8時47分横尾着。横尾山荘の軒下で休憩し水分補給。多くの登山者が同じ軒下やトイレの屋根の下で雨を避けていた。

 

横尾大橋

横尾を9時に出発、徳沢9時45着10時発。明神には10時40到着、少し早く着いたので予定を変更し明神池に向かう。明神神社に参拝しそこから明神池を覗く。

 

自然探勝道からの六百山

明神自然探勝道を歩いて河童橋に11時45分着。さらに足を伸ばして上高地温泉ホテルまで行く。ここで日帰り温泉に浸かり疲れを癒やす。下着も乾いたものに替えた。

 

温泉でさっぱりした後、ホテルの喫茶で920円の料理長オリジナルカレーを食べる。自販機でビールを買って上高地バスセンターに向かう。依然雨は降っていたがレインウェアは着ないで傘を差して行く。

 

オリジナルカレー

 

上高地温泉ホテル前

 

中の瀬園地に咲くキツリフネ

 

 

最後に

以上、4回に渡って長々と槍ヶ岳登山について書いてきた。

ここまでお付き合いいただいた方に感謝を申し上げたい。

 

槍ヶ岳はぼくの中では特別な存在で、ガイドがいなくては登れない山だと思い込んでいた。

それが、パソコンボランティアのスマホ講座で出会ったご婦人から一人で登ってきたこと、さらにそれほど大変ではなかったと聞いたことから、同じようにひとりで挑戦しようと思ったわけである。

 

今回はそうした思い入れが強い山に登ることができて大満足している。

 

帰りのバスに乗る前に見たキツリフネは締めくくりに見た花として心に刻まれたし、バス会社の都合でスタンダードからグリーンカーにグレードアップされたバスで帰宅できたのも締めくくりとしては上出来であった。

 

では、このへんで

 

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