先日の午後、病院まで自転車に乗って行った。
病院までは11キロほどである。
ここのところどこにも出かけず腰をいたわっていたので運動不足。ちょうど良い運動になった。
この日は珍しく待たされずに診察が終わり、薬ももらって明るいうちに家路についた。
帰る途中、地図を見ないで裏道に入り込むと、日本一周をしていたときの感覚が蘇ってきた。
茅ヶ崎里山公園をめざす
藤沢の病院からの帰り道、茅ヶ崎里山公園を経由して病院へ向かったときの逆を行こうと思いついた。
表通りは覚えていたが、裏道を通ったのでその辺は記憶が曖昧だ。
周りに何もないところにポツンとパソコンの修理だか中古販売だかのお店の看板がひっそりと立っているところをとおり、「あ、ここは通ったところだ」と覚えていたことに自分で感動する。
そして、小川にかかる小さな石の橋のところに来て、ここは渡っただろうかと考えてみたが、まったく覚えていなかった。
「まあ、とりあえず渡ってみよう」と進んでいった。
そしてそこからは全く未知の空間になった。つまり間違った道に入り込んだということである。
目的地は茅ヶ崎里山公園。それはもう近くにあり、だいたいあの辺だろうとは見当がついた。
しかし、地図は見ないと決めて進んでいくと、T字路になっていてまっすぐ進めなかったり、狭い道に入っていくと砂利道になってさらに進むと行き止まりだったりした。
こういう知らない場所を走ると、日本一周をしていたときのことが思い起こされる。
日本一周で走った場所はほとんどすべてが初めて走る場所で、眺められる景色が新鮮なのだ。それと同じような感覚が蘇ってくる。
回想シーンのようにさまざまな景色がフラッシュバック
不思議なもので、同じような心理状態になると、なぜか日本一周したときの風景がフラッシュバックのように頭に浮かんでくる。頭に浮かぶというより、頭の中のスクリーンに瞬間的に風景が映し出されるような感じだ。
それは、四国の山の中だったり、京都の日本海側だったり、北海道の海岸沿いだったりと場所はあちこちに飛んでいる。
それはぼくの場合だけかもしれないが、ムービーではなくスチル写真なのである。
思えば、寝ている時やふとしたときに一瞬ぱっと脳裏をよぎることもある。
そのあと、ああ、あの風景はどこそこだったなと場所を思い出すのである。
どうやら頭の中にはたくさんのスチル写真が収まっているようだ。
普段は忘れているが、ふとしたとき、それはその風景を見ていた時と似たような心の状態のときに現れるような気もする。
つまり、頭の中のスチル写真は、心が動いた時に撮られたような気がする。
だから、美しい風景に感動した時ばかりでなく、苦しい時に見た風景や予想していないものに出会ったときの驚き、危険を感じたときの瞬間などが刻まれているのである。
いや、ちょっと待て。少し違う。
危険を感じた時はムービーだ。それもスローモーション。
転倒して骨折したときの場面や、車道側に倒れたときのことはスローモーションで記憶に残っている。倒れたぼくを避けて追い抜いて行った車のデイケアの文字までもがしっかり見えていた。
そして、おもしろいことにスチル写真に自分自身が登場することもある。急性胃腸炎で苦しんでいた時の様子などは俯瞰的な映像だ。
自転車日本一周を振り返ってみる
日本一周から帰ってきたのが2年前の2月11日。コロナ感染がまだ日本全国に広がっていないときだった。
あれから2年経ったいま、せっかく映像がフラッシュバックしたので日本一周の旅を振り返ってみようと思う。
まず、北海道の印象。
北海道は天候次第だという気がする。天気が良い日にはとてもよいところだが、一旦天気が崩れると厳しい場所に変わる。とくに海沿いを走ったので、風が向かい風だと進んでいる気がしなかった。
虫もすごかった。道南で雪虫が大量発生し、手ぬぐいで顔を覆いながら走ったが、サングラスの隙間から目に入ってきた。
次に東北。東北は公園にテントを張るには最高。周りに家がないうえに東屋があったりする。そして意外にもトイレの綺麗な公園が多い。ただ、そういうところには近くに店がないので注意が必要だ。
新潟から北陸、山陰の日本海側。
新潟は砂浜が長くて単調になる。柏崎あたりがちょっとしたアクセント。ここから先は日本海特有の気候で、晴れかと思えば雨。そしてほとんどがどんより曇っている。
北陸は能登半島を横切ったが、このときの峠越えは大変だったが歴史を感じながら楽しく越えられた。その後も歴史のある街道を進むので楽しかった。ただ、昔のままなので道幅が狭く、車には特に気をつける必要があった。
そのなかでも親知らずは特に危険。狭い道幅、トンネル、上り勾配、カーブと悪い条件が重なっている。
記憶に残るのは、金沢を過ぎたところで雹に降られたこと。人のうちのカーポート(だったか)に退避した。
京都からはリアス式海岸で風光明媚。喧嘩に富んで飽きない。その分足にきた。
鳥取、島根も昔からの道が多く、歩道が途中で無くなったりして走りづらかった。車道を走るのがよいだろう。
なお、新潟から北陸にかけては川が多いのが特徴だとおもう。
続いて九州。ここは意外に大変。まず、天候に差がある。そして起伏が大きい。冷えて腹が痛くなってお店のトイレを借りたのも九州の1回だけ。
ただ、そうした変化を楽しめることも事実。大分から竹田城、阿蘇のコースは寒かったけれど自然とその中で暮らすひとたちとの調和が感じられた。
阿蘇では自分がジオラマの模型の中にいるようで不思議な感覚だった。
とにかく九州はそれぞれの場所で景色が変わる。それが楽しいが自転車ではきついと感じることが多かった。
続いて四国。いま思えば四国が一番走りやすくて景色も少し違っていて楽しかった。それに話しかけてくれる人が一番多かった。さすがお遍路の土地。みかんやポンカンを好きなだけ持っていけといってくれたのも四国。
ほどほどに起伏があって美しい海があって、岬があっていいところだと思う。
山陽地方は街が発展していて残念ながら面白みに欠ける。また、新幹線に沿った道はどこも似たように思えてくる。また、自転車が通れない高架があったりしてとまどった。
悪いところばかりのようだが、瀬戸内海が見えるところに行けばまったく逆で本当に海が美しい。向こうに何も見えない海もいいが、向こうに島影が見えると心が落ち着くのである。
大阪、和歌山、奈良、三重。
大阪から和歌山に向かうと都会から郊外になる。細い神社に通じる小径や漁港ちかくの路地などが残っていて楽しい。
和歌山から紀の川を遡るとだんだん寂しくなっていき、奈良に近づくと雰囲気が変わっていく。
橿原神宮は鳥居の前に立っただけなので、古事記や日本書紀を勉強してから再度訪れたい。また、吉野は桜の時期に出かけてみたい。
三重は芭蕉の生家がある。そもそも日本一周に合わせて芭蕉の足跡を辿ることも旅の目的だった。その意味ではここが最大の山場、クライマックスであった。伊賀上野に住む友人の案内でこの街を歩けたことは最高の思い出である。
最後は東海道。
ここは旧道を探しながら走った。ところどころ昔の街並みが残されているのがよかった。とくに名古屋の近くに保存されているところが多い。
東海道を徒歩で行く人にたくさん出会った。どうやらガイドブックがあるようで、それを片手に歩いている人を多く見かけた。
出会った人は通しで歩いているようだったが、細切れにして繋いでいる人も多いのだとか。いずれ挑戦するのも面白そうだ。
以上、簡単に振り返ってみた。
最後に
結局、目的の茅ヶ崎里山公園には、ぐるっと外側を大きく回り込んで、公園の正面入口の交差点から到着することができた。
公園に入ると目の前にロングローラー滑り台がみえる。そこを4人の女子中学生がキャーキャー言いながら滑り降りていた。
公園内は起伏があって散歩にうってつけなところだ。野鳥もさまざまな種類が来るらしい。
残念ながら今はあちこちが工事中で池に水が張られていなかったが、池があれば水鳥もやってくるだろう。
このように、どこに出るかわからない道を走っていると、過去の思い出と見知らぬものの発見という二重の楽しみがあることに気がついた。
そして、走っているうちに知っている場所に出て、現在位置がわかったときのその喜びを感じることもまた楽しい。
では、このへんで
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