Hakuto-日記

定年後を楽しく、生きたい人生を生きる!

登山口ですでにへばる【北岳登山その1】

f:id:Hakuto-MA:20210529223551j:plain

(KanenoriによるPixabayからの画像)

 

前回は富士登山について書いた。

じゃあ、つぎは2番目の山にしようと思った。

そこで今回は北岳登山である。

今考えてもよく歩き通せたなあと感心してしまうほど大変だった。

歩いたのは1987年10月2日(金)から4日(日)までの2泊3日、出発は1日の夜である。

色々な意味で思い出に残る山行だった。

 

富士登山についてはこちら

challe.info

 広河原登山口

10月2日午前8時、広河原に到着する。これより南アルプスの北岳を目指す。

 

 

北岳は日本第二の高峰(3,193m)で、日本百名山を書いた深田久弥氏がこの山を謙虚で、つつましく、しかし凛とした気概を持っていると、べた褒めしている山である。氏は、「日本で一番高い山は富士山であることは誰でも知っているが、第二の高峰はと訊くと、知らない人が多い。」と書いているが、いまだにそうだろうと思う。


この朝の天気は最高で、遥か上を見上げると北岳の紅葉が見事である。10月になったが汗ばむくらいのあたたかい陽気だ。

 

結婚後初の登山

この日の登山は結婚後初めての登山になる。その時は考えもしなかったが、これが最後の本格的な登山となった。また、自由気ままなひとり旅もこれが最後になった。

 

このときはまだ結婚して半年も経っていなかったので、一人で出かけることに妻は寛容だった。しかし、その後はそうはいかなくなり、このあとは二人での旅行、子供ができてからは家族で旅行を楽しむようになる。

 

ただ、子どもが少し大きくなってからは、朝起きない、なかなか準備をしない、車の座席位置の奪い合いで喧嘩をするなど、出発前に疲れ切ってしまい、楽しむというより苦行という感じになってしまってはいたが。

 

そのときは、そんなことを想像することなどということは頭の片隅にもなく、能天気に背負ってきた荷物の重さに苦しんで、予定通り登山できるかどうか不安でいっぱいだった。

 

北岳に登りたかったのは紅葉が綺麗だということと、日本最高峰の富士山を登り、第3位の奥穂高岳を登っていたからだった。

 

北岳に登るために新しいミレーの大型ザックを買った。

 

奥穂などに登ると周りの人がみな立派な登山者に見える。とくに大きなザックを背負っている人はカッコイイ。だから大きなザックが憧れになった。

 

その頃有名なザックはカリマーとミレーだった。これまで使っていたカリマーには何の不満もなかったけれど、ちょっと色使いの綺麗なミレーの方が優れているんじゃないかと思ったわけである。他人の芝生は青く見えるとはよく言ったものだ。

 

詰め過ぎた大型ザック

大きなザックを買ったからには荷物をたくさん詰めなければならない。これは順序が逆なのだけれど、当時の28歳には元気すぎてわからなかったのだ。

 

一番大きな荷物はもちろんテントだった。これは2キロ以上ある。寝袋はかさばるけれど軽いのでいいのだが、ガスバーナーにコッヘルそれに食料や水がある。そして一番重量があるのがカメラとレンズだった。

 

当時の機材は35ミリカメラはCanon New-F1でレンズは35ミリF2、50ミリF3.5マクロ、100ミリF2、80ー200ミリF4ズームで、ありったけの機材を持って行った。これにヤシカマットという6X6版のカメラ、そしてフィルターやレリーズなんかも欲張ってザックに詰めた。ついでに三脚もある。

 

これが重かった。当時の体重は今と変わらず55、6キロだったので無謀としか言いようがない。

 

こんな状態でやってきたのだった。

 

荷物は軽くするべし

記録がないので間違って覚えているかもしれないが、新宿を夜中に出発する鈍行で甲府まで行き、そこからバスで北岳登山口の広河原までやってきた。山やなら当たり前かもしれないが、高尾を過ぎて乗客が減ると床に寝るものが現れる。自分はちょっとためらわれて横にならなかった。それに明け方はかなり冷え込んで寒かった。

 

まあ、ご想像のとおりこれからへばることへの言い訳に過ぎないのだが、このときの山行は「荷物はできるだけ軽くするべし」ということを心の底から感じとったということをあらかじめお伝えしておきたいと思う。平地で苦しいものは山ではもっと苦しいということだ。

 

今回のまとめ

まったく登り始めてもおらず、前置き(言い訳)ばかりとなってしまった。

 

ともかくこの登山が気ままなひとり旅の最後になったという思い出深い出来事であったということを強調しておきたい。

 

これまでの人生とこの後ではまったく生き方、価値観が変わった節目の旅だったのである。

 

家族との旅行やキャンプは大変ではあったけれど、家族がいなければ経験できないことを経験することができた。子ども達はおそらくほとんど覚えていないだろうが、自分の子供時代を考えればそんなものだろう。

 

自分の子供時代は泊りがけの旅行など一度も行ったことはないが、日帰りでも覚えているのは嫌な出来事があったときばかりだ。

 

それはともかく、ひとり旅の時は景色を眺めたり、出会いを楽しんだりして心が外に向けられていた。

 

家族旅行の場合は周りの景色を楽しむというよりは、子ども達が楽しんでいるかどうかに関心があった。子どもの笑顔があればそれでよかったのだ(残念ながら家内は喜びを表現することが少ないのである)。

 

もちろん、子どもの面倒を家内に見させてひとりで遊びに行くことが、まったくなかったとは言えないが、それなりに反動が帰ってきたものである(それが足かせになったことは十分考えられる)。

 

とまれ、これまでの人生で全く違う経験ができたことはよかったと思う。

 

リタイアし、自転車日本一周のひとり旅をして、若い頃旅したときの気持ちと同じ思いを感じることはできたが、子どもが小さい頃の家族旅行のような思いは二度と味わうことができないのだ。

 

今回の北岳登山を振り返り、そんなことを感じた次第である。

 

では、このへんで(次回に続く)

 

カリマーのザック 

ミレーのザック 

 

広告