2月6日(木) 、晴れ(風強し) 岡崎市から田原市 77.43キロ
今朝は冷たくて強い風が吹いています。
キャンプ場の場所が木陰で日が当たらないのでよけいに寒いです。まだ風邪が治っておらず、本調子でないのでキャンプは少し早かったかも知れません。
まず向かったのは東海道藤川宿です。ここに十王堂があり、芭蕉の句碑があります。
ここで写真を撮っていたら、地元のおばちゃんが話しかけてきて、「日本一周エライね」と言った後、昔この御堂の前で詩吟を吟ずるから聞いてほしいと言われて一人で聞いたという話を始めました。
横浜の宗家に婿入りした方が歩いて九州まで行く途中に立ち寄ったとのこと。そしてその後に詩吟のお披露目に招待されたことなど、三河弁で15分くらい全く途切れず話して聞かせてくれました。ハルコさんといいます。それは見事な話しっぷりでした。
今日も旧東海道をしばらく走りました。昨日の道といい今日の道といい、この辺りは上手に歴史を伝えているなという印象です。
国道1号線の広い通りに出るとコンビニがあったので少し休憩して体を温めました。走り始めたところに気温が表示されており、5度でした。でも北風で体感温度はかなり低いと思われます。ただ追い風なのはありがたいです。
渥美半島の付け根の豊橋から右に曲がるとそこからは横風、梅田川の橋の上は風が強くて自転車に乗れませんでした。北海道の根室半島の横風を思い出しました。
伊良湖岬までは一本道をひたすら真っ直ぐ進みます。アップダウンも適度にあります。
進んでいくと風は方向を時々変えて、しばしば向かい風になりました。
今日は伊良湖岬まで行って少し戻ったところにある民宿に泊まるつもりでいましたが、あまりに進まないので、岬に行くのは明日にすることにします。
ここ伊良湖の保美は、芭蕉の弟子の杜国が米の空売りの罪で名古屋から流されていたところです。そこへ芭蕉が訪ねてきて、そのあと隠れて伊賀上野や吉野、明石、京都などを二人で旅して回りました。しかしその2年後に杜国は亡くなります。その墓が福江の潮音寺にあります。罪人なのに墓がある。何故なのでしょう。
今日はその墓に参っただけで宿に向かいました。
到着すると宿の女将さんが出迎えてくれて、旅のことなどを話しました。定年を迎えたのでやってみることにしたと話したら、
「けじめって大切だよね、やっぱり定年になったからって山登りに来る人もおるよ、そうしないと新しいことを始められないもんね」
そうそう、そうなんですよ。
夕食の時も、
「日本一周なんて相当の覚悟がないとできんもんね。今まで仕事も頑張ってこられたんでしょう」
それを聞いたらちょっと涙が溢れそうになってしまいました。
夕食は素朴だけれど食べ切れないくらいの量があって栄養満点、ご飯もお米がとても美味しかった。
今日は全国的に一番の冷え込みだったそうです。ゆっくりお湯に浸かって冷えた手足の先を温めました。
では、このへんで。